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プロローグ
救急車の赤いランプ。小さな窓。無機質な白い壁。せわしく動きまわる大人たち。騒がしい周りの音は、水中に潜ったときみたいにどこか遠い。
「奈津!奈津!!」
父さん。もう、母さんは帰ってこないよ。
知っているけど、なにも言えなかった。なにも言わせてもらえなかった。
父さんは、もう動かない母さんの体にすがる。そして、泣く。大の大人が、声をあげて。大声で、母さんの名前を呼んで。
ああ。これからどうしようか。
双子の姉は、なにも言わない。ただ、あたしと同じ顔をゆがめて俯いているだけ。
もう、どうしようもない。私にできることは、ただひとつ。
「母さん」
つないだ手を握りしめて、空を見上げることだけ。