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座敷わらしの飼い方

作者: ウォーカー

 いつの年も、十二月というのは厳しい季節だ。

冬の寒さは身を刺し、忙しさで目が回りそう。

それはここ、都市部にある会社にも及んでいた。


 会社の中では、社員たちが慌ただしく動いている。

そんな中で、二人の中年社員が話をしていた。

「俺、来週からしばらく出張になっちゃって。

 小嶋君、うちの家で飼っている犬を、君の家で預かってくれないかな?」

「うちかい?

 私の家も小さい息子がいるんだよねぇ。」

「それは大丈夫。

 うちの家は小型犬だし、家犬で大人しくて、

 人を噛んだことなんてないから。」

「そうか。それじゃあ、しばらくうちの家で預かるか。」

「恩に着るよ。」

そんなやり取りがあって、小嶋家でしばらく犬を預かることになった。


 小嶋家というのは、郊外に一軒家を持ち、

父親、母親、それに十輝とおきという幼い男の子の三人家族。

サラリーマンである父親の稼ぎで生活している。

どこにでもある標準的な家庭・・・とはもう言えない、

今では比較的余裕のある裕福な家庭だった。

十輝くんは大人しく読書家で好奇心の強い子で、

幽霊や妖怪を扱った民話がとても好きで、絵本をよく読んでいた。

だからきっと動物である犬も気にいるだろう。

父親はそう考えて、犬を預かることにした。

しかしそれは甘かった。

預かった犬を家に持って帰るなり、

人懐っこい犬は子供に飛びかかろうと走り出し、

それを見た十輝くんは怯えて大泣きしてしまった。

「十輝、お前、犬が嫌いだったのか。」

両親も知らない子供の性質。

十輝くんは、幽霊や妖怪は好きでも、犬は苦手だったのだ。

十輝くん曰く。

「幽霊や妖怪は体が無かったり話ができるけど、

 犬は体があって話も通じないから怖いよぅ。」

ということだった。

犬も犬で、初めて見る子供の姿に興味津々で、

十輝くんに戯れようと追いかけ回す始末。

犬に悪気は無いのだが、現実の獣が苦手な十輝くんにとっては、

迷惑もいいところだった。

「あなた、犬を返すわけにはいかないの?」

「うーん、今からじゃ難しいな。

 それに引き受けたからには、責任もあるし。」

「まさか十輝あのこが、犬嫌いだったとはねぇ。

 わたしも知らなかった。」

「どうしたものかね。」

困った顔を合わせる両親の前で、十輝くんは、

犬に顔を滑られ気色悪さに泣き叫んでいた。


 小嶋家に犬が来てから数日が経過した。

しかし相変わらず十輝くんは犬に慣れる気配を見せない。

逆に犬の方は十輝くんを気に入ったようで、追いかけ回していた。

犬を他所に預けようかとも考えたのだが、

十二月の師走に入った世間では、どこも手一杯。

今から犬の預かりをしてくれるようなところは見つからなかった。

十輝くんの父親は、同僚が犬の世話を頼んできた理由を知った。

預かっている犬は小型犬で、放って置いても十輝くんが怪我をする心配はない。

それはいいのだが、かといって、泣くほど嫌がっているものを放っておいては、

子供の人格形成や将来に影響が出てしまうかも知れない。

そこで十輝くんの両親は思案し、犬が怖くないことを、

十輝くんに言葉で説得してみることにした。


 十輝くんに犬が怖くないと理解してもらう方法。

その第一歩として、十輝くんと犬の別居を考えてみた。

まずは家の中での別居。

犬を一部屋に閉じ込め、慣れるまで外に出さないようにしてみた。

すると犬は寂しさに遠吠えを上げ始めた。

これでは近所迷惑になるし、犬にも悪影響が出かねない。

犬を部屋に閉じ込めるのは無理だと判断した。

次に試したのは、別の別居の仕方。

もう十二月なので、寒さも本格的になってきた。

そこでこたつを出してみた。

そうすれば、小型犬ならこたつに籠もってくれると思ったから。

しかし結果から言うと、小型犬でも犬は犬。

こたつなどには目もくれず、走り回っていた。

「やっぱりこたつで丸くなるのは猫だけかぁ。」

十輝くんの父親と母親は頭を抱えていた。

そうとなると、次に試すのは、犬を外に出すこと。

犬小屋を作って、犬を家の外で飼うことにした。

そうすれば、犬が苦手な十輝くんも怖がらないはず。

しかし実際にやってみると、問題が発生した。

預かった犬は家犬として飼われていたので、犬小屋で暮らした経験がない。

そうでなくとも小型犬なので、寒さに弱く、見るから寒そうに震えていた。

「この犬は外で飼うのは無理みたいねぇ。」

「折角作った犬小屋も無駄か。」

試しに、犬小屋に毛布を入れたり、

犬小屋の近くにストーブを置いたりしてみた。

しかし冬の寒空では、その程度の温もりなど、

あっという間に空に溶けてしまった。


 犬を家の外に置いておくのは無理がある。

そこで今度は、家の中に置いておくための細工を考えてみた。

犬用の服や被り物を買ってきて、犬に着せてみた。

これでぱっと見にはぬいぐるみに見えたのだが。

しかしこれでは外見を多少いじっただけ。

十輝くんが学校から帰ってくると、犬はぬいぐるみのような姿のまま、

キャンキャンと嬉しそうに吠えて十輝くんに飛びついた。

「うわあ!犬!こわいよー!」

十輝くんはぬいぐるみ姿の子犬に追いかけられて、必死の形相で逃げ回った。

やがて転んだ十輝くんに犬が追いつき、顔を舐め回していた。

両親はその姿を見て、やはり困った表情。

「多少変装しても犬は犬だな。」

「そうね。行動が変わるわけでもなし。」

犬の姿だけを変えてもしようがない。

そこで両親は考えた。

いっそ犬の存在ごと変えてしまおう、と。


 その日、十輝くんが学校から帰ってくると、違和感があった。

妙に静かだ。いつもなら、あの忌々しい犬が突撃してくるのに。

「ママ、犬は?」

「さあ?どこかしらね。」

答える母親はちょっと楽しそうにしている。

するとどこからか物音が。

十輝くんが怖怖と物音をたどると、どうやら押し入れの中に何かいるようだ。

押入れと言えば、怪談や民話の舞台としてよく使われる。

どうせ中にいるものは決まっているのだが、

幽霊や妖怪を扱った民話が好きな十輝くんは、

好奇心に押されて押し入れをそっと開いてみた。

するとそこには、全身に赤い衣をまとった小動物がいた。

布団にくるまれて、すやすやと寝息を立てている。

事情を知らない人から見れば、それはやはりただの赤い犬にしか見えない。

しかし、民話に詳しい十輝くんには違って見えた。

赤い服を着て押入れなどに潜む妖怪と言えば・・・。

「座敷わらしだ!

 ねえ、ママ!押し入れに座敷わらしがいるよ!」

十輝くんはおっかなびっくり、赤い小動物を抱きかかえた。

そこにはやっぱり見知ったあの犬の顔があるのだが、

しかし状況がただの犬ではないことを示している。

座敷わらしと言えば、家の押入れなどにいる妖怪で、

その姿を見ると家が栄えるという民話が伝わっている。

母親が言う。

「でも、座敷わらしって、人間の子供の姿をしてるんじゃないの?」

やさしい問いに、十輝くんは得意げに答える。

「座敷わらしは、通常は人間の子供の姿と言われているけど、

 地域によっては赤い獣の姿だとも言われているんだ。

 だから、これが座敷わらしでも不思議はないよ!」

赤い衣を着せられた犬は、十輝くんに抱きしめられて嬉しそうにしている。

赤い衣が動きにくいのと、眠っていたのもあって、今は犬も大人しい。

こうして、犬を座敷わらしに偽装することで、

ようやく十輝くんは犬を家に置いておくのを認めてくれた。

作戦通りになって、十輝くんの両親はほくそ笑んでいた。


 十輝くんが犬が苦手だったのは、食わず嫌いだったようで、

座敷わらしとして預かっている間に、十輝くんは犬に懐いていった。

多少吠えたり顔を舐められたりしても、幸運の証として十輝くんは受け入れた。

犬の方も十輝くんに懐き、しばらくするともう二人はお互いに仲良しになった。

それは両親の想像以上で、これからやってくる試練が心配になるほどだった。

なぜなら、十輝くんがかわいがっている座敷わらし、改め犬は、

預かりものだから。いずれ返す事が決まっているのだから。

そしてその日は、思ったよりも早くにやってきた。


 小嶋家に犬を預けた同僚は、出張を予定より短く切り上げて帰ってきた。

「やっぱり犬が心配でね。君の家にも迷惑をかけられないし。

 仕事を急いで終わらせて帰ってきたよ。

 これから犬を迎えに行ってもいいかい?」

「えっ?ああ・・・」

突然のことで、十輝くんの父親は答えを濁した。

今や十輝くんは犬と懐いてしまっている。

それが急に引き離されたら、さぞ悲しむことだろう。

一応、前もって家に連絡してみた。

電話には母親が出て、まだ十輝くんは帰ってきていないという。

「お別れの挨拶でもさせてあげる?」

「いや、いいだろう。余計に悲しませるだけだ。」

十輝くんの両親は相談し、十輝くんが不在の間に犬を返してしまうことにした。

犬の飼い主が小嶋家にやってきた。

飼い主の姿を見つけて、犬は嬉しそうに飼い主に抱きついた。

「おーよしよし。良い子にしてたか?ところで、この赤い服は何だい?」

「あ、それはちょっとした都合でね。」

まさか、預かった犬を座敷わらし扱いしていたとも言えず、

父親は詳しい事情には触れなかった。

犬の飼い主にとっては、犬が無事に帰ってくればいい。

特に詮索はしてこなかった。

深々と頭を下げ、お礼のお土産を置いていって、

飼い主は犬を連れて帰っていった。

犬は十輝くんがいないことを少し心配しているように見えた。

犬ですら別れを惜しむほどの仲なら、十輝くんはどんな反応をするだろう。

両親は自ら決めたこととはいえ、十輝くんのことを心配していた。


 しばらくして、十輝くんが家に帰ってきた。

「ただいまー。座敷わらしはどこ?」

十輝くんは座敷わらしを呼ぶが、その姿はもうない。

「座敷わらし?座敷わらしー!」

十輝くんは半べそをかいて家の中を探し回った。

それでもどうしても見つからず、母親に抱きついた。

父親と母親は、やさしく諭した。

「あの座敷わらしはね、うちでの役割を終えて、

 元の場所に帰っていったんだ。」

「寂しいでしょうけど、十輝も我慢してね。」

十輝くんにはさみしい思いをさせてしまうが、

これでしばらくすれば、何もかも元通りになる。

両親はそう思ったのだが、十輝くんの反応は違った。

「座敷わらしが消えったって?大変!」

「大変って何がだい?」

「パパ、ママ、知らないの?

 座敷わらしは、姿を現すと家に福をもたらし、

 姿を消すと、福が逃げてしまうんだ。

 このままじゃ、うちは不幸になっちゃうよ!」

両親は顔を合わせた。

そういえば座敷わらしの民話で、そんな話を聞いた気がする。

「十輝、じゃあどうしたらいいんだい?」

すると十輝くんはにっこり笑って言った。

「もう一匹、うちで座敷わらしを飼えばいいんだよ。

 ちゃんと赤い色の服を着せて、ね。」

やられた。

十輝くんの両親は、十輝くんの企みに気が付いた。

十輝くんは、赤い服を着せた犬がただの借り物の犬だと、

とっくに気が付いていたのだ。

それを承知で苦手な犬を克服し、それどころか犬を気に入って、

今ではもう犬が欲しくなっていたので、

両親が犬を飼わざるをえない状況を作り出そうとしたのだ。

両親は言う。

「あのね、犬を飼うのはとっても大変でね・・・」

すると十輝くんは当然のように言う。

「犬じゃなくて座敷わらしだよ。

 座敷わらしにお供え物をするのは、家人として当然のこと。

 そうすれば、座敷わらしは福をもたらしてくれるんだから、安いものだよ。

 元々、座敷わらしだから飼おうって言ってのはパパとママだもんね。

 座敷わらしがいなくなったら福が失われるって、知ってたんでしょう?」

十輝くんは幼いが幽霊や妖怪の民話には大人並に詳しい。

両親は反論する口実を封じられてしまったのだった。


 こうして、小嶋家ではもう一匹、犬を飼うことになった。

飼うことにしたのは、預かったのと同じような小型犬で、

赤い服を着せると、十輝くんによく懐いたのだった。

その姿は確かに座敷わらしと言えなくもなくて、

その効果なのか、小嶋家は家内安全に過ごせたという。



終わり。


 大抵の子供は、捨て猫や捨て犬を拾ってくる経験があると思います。

けれども拾った犬猫を飼ってもらえるのは稀です。

何故なら既に大人は、犬猫よりももっと大変な子供がいるからです。

では、それでも犬猫を飼ってもらうにはどうしたらいいか。

そんな子供の悪知恵の一つを書きました。


本当のところ、大人も犬猫が好きなのです。

それならば、一度飼ってみて貰えばいい。

そうすれば情が移って飼ってくれることでしょう。

子供にはあまり知られたくない悪知恵のひとつでした。


お読み頂きありがとうございました。


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