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疑わしきは罰せず②

 どうしたものでしょうと当惑するタカギーズの相談を受けて、「検死官の意見を聞いてみましょう」と森と石川は純平の検死を行った大学病院の検死官のもとに意見を聞きに行った。

「分単位で、死亡推定時刻が分かる訳ではありませんよ」

 年配の検死官は、不機嫌そうな様子で答えた。

「勿論、よく分かっています。容疑者は被害者を刺した時に、まだ息があった。刺し傷は致命傷では無かったはずだと主張しています。そこで先生のご意見をお伺いしたいのです」

 石川が丁重に頼み込むと、検死官は、「ちょっと待って」と言って、書類が山積みになった机の上のパソコンで検死時に撮影した画像データを引っ張り出して確認を始めた。

「やっぱりそうだよ。うん、僕もね、検死の時にちょっと引っ掛かったのを思い出した」

 検死官は純平の傷口の形状を石膏でかたどったものを、パソコンの画面に広げて言った。

「どこか変なところがあるのですか?」

「うん、傷跡がね、ちょっと気になっていたんだ。被害者は一旦、包丁で刺された後、更に深く抉られているんだよ。被害者の体の中で包丁が一度、方向を変えている」

 検死官がパソコンの画面を「ほれ、ここを見てみな」と指差しながら説明する。純平は真希に刺された後、体に突き立った包丁を更に体の奥深くへと抉り込まれたと言うのだ。

「先生、どうもありがとうございました」

 検死官に礼を告げ、大学病院を辞去した。事件をひっくり返して真希の犯行を暴き出したばかりなのに、今度は真希の証言により、事件が再びひっくり返されようとしていた。

 致命傷を与えたのが真希でないとすると、真希が林家を逃走した後に家に戻って来た恵美が疑わしくなって来る。

 林家の灯りが点灯した時間こそ、恵美が帰宅した時間であったはずだ。恐らく、真希と入れ違いであっただろう。帰宅した恵美は直ぐに床に倒れた純平に気が付いたはずだ。背中に包丁を突き立てて、リビングの床に横たわる純平を見て、恵美は純平に駆け寄った。そして純平を介抱する振りをしながら、背中の包丁を純平の体の奥深く、抉り込んだ。そうとも考えられる。

「だが、何故・・・?」

 恵美は純平の浮気に気が付いていたのかもしれない。リビングで包丁を背中に突き立てて、呻いている夫を見て、突然、殺意が芽生えたとしても不思議ではない。

 やはり恵美が純平を殺害したのかもしれない。

「もう一度、事件を洗い直せ! 特に野田真希については、徹底的に調べろ。それに、誰か病院に張り付いて、医者のOKが出たら、林恵美からも事情聴取を行え。とにかく、一刻も早く事件の真相を明らかにするんだ!」

 係長の檄が飛んだ。容疑者が二転三転し、起訴ができずに事件が宙ぶらりんの状態になっている。上層部から、プレッシャーを受けている様子だった。

 肝心の恵美は栄養失調により入院中で、当分、警察の取り調べに応じられない状況だった。恵美の体調が回復次第、事情聴取を行う為に、刑事が病院に張り付くことになった。だが、例え恵美が取り調べに応じることができたとしても、黙秘を貫かれては意味がない。

 文豪コンビは野田真希の身辺調査に向かった。

 真希が勤務する通信会社の職場の同僚から話を聞いてみたが、真希に特定の彼氏がいたらしいことは知っていたが、それが誰なのか知っている人間はいなかった。

 純平との関係が不倫関係だったので、周囲の人間に話すことが出来なかったのだろう。真希の会社での聞き込みからは、成果を得られなかった。

 真希の学生時代の友人に遡って話を聞いて回った。

 学生時代の友人の一人、久保田(くぼた)直美(なおみ)という女性と真希は親しかったと聞かされた。早速、都内の事務機器メーカーに勤めている直美を会社に尋ねた。共同ビルの受付に現れた女性は小太りで眼鏡をかけていた。「ここではちょっと」と言うので、近所の喫茶店で直美から話を聞いた。

「学生時代、真希と私、それに美栄の三人は何時も一緒でした。毎日、講義が終わると、私たちは何時も三人、一緒に買い物に行ったり、食事をしたりして、時間の経つのも忘れておしゃべりしていました」

 開口一番、直美が言った言葉に、森は引っ掛かるものを感じた。

「美栄?」

 どこかで聞いた名前だった。変わった名前だったので、記憶に残っている。

「はい。私と真希の他に、もう一人、並木美栄という仲の良い子がいました。リンケン・グループという会社に就職したのですが、自殺なんかしちゃって、私も真希の大ショックでした」

――並木美栄!

 吉田と言う純平の同期入社の人間から聞いた話を思い出した。純平は入社早々、総務部に勤務していた美栄に目を付け、恋人関係になった。だが、林社長の一人娘、恵美の花婿候補に選ばれると、あっさり美栄を捨てた。美栄はショックのあまり自殺してしまったと言う話だった。

 真希と美栄が親友同士だった。

「純平に捨てられて自殺した女性が、野口真希の親友だったのか!?」文豪コンビの報告を聞いた係長は、顔を輝かせた。

 野田真希には純平を殺害する隠された動機があったのだ。二転三転したが、犯人はやはり真希で間違いないのかもしれなかった。

 再び、真希の取り調べが行われた。今度、取り調べに当たるのは森と石川だ。真希は頬がこけ、げっそりとした表情で取調室に現れた。

「野口さん、あなたは純平さんの元カノで自殺した並木美栄さんと仲が良かったそうですね?」

 真希は森からの質問が想定外だったようで、「えっ?」と目を見張った。

「学生時代、あなたと久保田さん、それに並木さんの三人は何をするにも何時も一緒だったとお聞きしました」

「はい・・・」真希が力なく頷く。

「親友だった並木さんの自殺にショックを受けたあなたは、自殺の原因となった林氏に近づく為に、林氏が通うフィットネス・クラブに入会した。そして林氏に近づき、親友の恨みを晴らす機会を伺っていたのではありませんか?」

「そんな――!」真希が悲鳴を上げた。

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