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聖人君子の仮面を被った男①

 リンケン・グープへ聞き込みに向かった。

 出がけにタカギーズの若手、高木夢人から、「聞きましたよ。石川さん、ひどいなぁ~僕らの担当案件を再捜査するみたいじゃないですか。なんだか、尻ぬぐいしてもらうようで、勘弁してくださいよ~」と言われた。

「尻ぬぐいだなんて、そんな。君らの捜査の裏を取るだけだよ。サポート。それより、奥さん、どうだい? まだハンストを続けているの?」

「林恵美ですね。それが、体力の消耗が激しいことから、拘留を解かれて病院に搬送されました」

「大変なことになったね」

「石川さん、まあ、せいぜい頑張ってください。リンケン・グループ、苦労させられますから――」そう言って高木はにやにや笑った。

 純平の部下を何人か呼んで話を聞いたが、純平はリンケン・グループの常務取締役、幹部候補生で次期社長と噂されていたことから、純平のこととなると口が重かった。

 迂闊に口を滑らして、会社から睨まれでもしたら、出世に響くと思っているのだろう。

「ダメですね」と石川が早々に弱音を吐いた。高木が言っていた通りだ。リンケン・グループで有益な情報を聞き込むことは難しそうだ。

「君子、危うきに近寄らず――ですね」

「今度は論語ですか」

「君子、危うきに近寄らず、は孔子の言葉だと思われがちですが、論語にその言葉はないのですよ」

「へえ~そうなのですか」

 会社の人間からの聞き込みはあきらめた。純平の交友関係は分かっている。タカギーズが既に事情聴取を行っていた。純平が通っていた都内の私学で同級生だった人間から、もう一度、話を聞くことにした。

「ああ、また純平の話。イケメンでスタイルが良かったので、女の子にもてていたよ。大学時代の彼女、何ていったかなあ、今、モデルをやっているって聞いたことがある」

「成績が良くてスポーツも万能。それでいて気どったところもないし、話しやすい良いやつでしたよ」

「ちょっと身勝手なところがあったけど、育ちが良かったからだろうね。でも、良いやつだよ」

 ゼミの仲間に集まってもらって話を聞いた。純平の評判は良かった。

 だが、「仲が良かったやつ? さあ、誰が一番、仲が良かった?」、「星野じゃないの?」、「星野は純平が殺されたってニュースを聞いた時、誰だっけ? って言っていたぞ」、「あいつの実家? さあ、聞いたことありません」と聞き込みを続けていると、皆、上辺だけの付き合いで、純平と特別、親しかった訳ではなさそうだと分かった。

 大学の同級生からも、これと言った情報を得ることができなかった。

 どうやら純平は人間関係が希薄な人物のようで、このまま聞き込みを続けても上辺だけの評判しか聞くことが出来ないだろう。そこで二人はある人物に目を付けた。

 純平と同期でリンケン・グループに入社し、一時期、純平と並んで娘婿候補として次期社長の座を争っていた吉田衛(よしだまもる)という男だ。純平のライバルだった。結局、社長の一人娘、恵美のハートを射たのは純平の方で、争奪戦に敗れた吉田は職場に居づらくなってしまったのか、会社を退社していた。

 吉田なら、会社に気兼ねすることなく、本音で純平のことを語ってくれそうな気がした。

 向上心が旺盛な吉田は会社を退社した後、大学に戻り修士課程に進んでいた。「林純平の話を聞きたい」と連絡を取ると、「何時でも結構です。大学に尋ねて来て頂ければ、時間の都合をつけます。何でも聞いて下さい」と妙に協力的だった。

 どうやら純平について話したいことがある様子だった。

 大学に吉田を尋ねた。閑散とした学食の隅に案内され、そこで話を聞くことになった。

「高岡は聖人君子の仮面を被った悪魔のような男です」

 高岡は純平の旧姓だ。

「悪魔のような男ですか!?」と石川が相槌を打つと、吉田は堰を切ったように話し始めた。「あいつはね、社長令嬢と結婚する為に、当時、付き合っていた女の子を捨てたのです。可愛そうに、その子、自殺しました」

 純平の会社で聞き込みをした時には、そんな話は聞くことが出来なかった。

「本当ですよ」

 二人が信じていないと思ったのか、吉田は具体的に女性の名前を出しながら、詳細を語った。相手の女性は純平と同じ会社の総務部に勤務していた並木美栄(なみきみえい)という女性だと言う。短大卒なので、純平よりも一年、入社が早いが、年は一つ下だった。八重歯の可愛い女性で、総務部の受付に座る容姿を持ち合わせていた。

「入社して直ぐに高岡は並木さんに目を付け、あっという間に口説き落としてしまいました」と吉田は言う。

 二人は順調に交際を続けていたが、純平が社長に目を付けられ、娘婿候補となってから状況が一変した。

「私も社長から、『娘と結婚したいのなら、身の回りを整理しておけ』と言われました。私の身辺は綺麗なものでしたが、あいつはどろどろだったようです。身辺整理で純平に捨てられた並木さんは会社を辞めてしまい、挙句の果てに自殺しました。どうです、高岡は悪魔のような男でしょう」

 誰も話そうとしなかった純平の過去の女性関係をようやく知ることができた。更に吉田は、「それだけじゃありません」と純平に対する口撃が止まらなかった。

「あいつの汚い中傷のお陰で、私は社長の信頼を失ってしまったのですから――」

 吉田によれば、純平よりも吉田の方が有能で、社長の娘婿候補として有力であったと言う。プライベートもクリーンであったことから、吉田が純平に一歩先んじていた。焦った純平は、社長にあることないこと吹き込んだと言う。

「社長の娘さんは、正直、あの通りですから、あまり魅力的だとは言えません。だからと言って、私は彼女のことを、『ブスだ』とか『デブだ』とか、陰口を言ったことは、一度もありませんでした」

 ところが、純平は吉田が陰で娘の悪口を言っていると社長に告げ口した。特に社長の怒りを買ったのが、「結婚するのは良いが、あの女と子供はつくりたくない」という一言だったそうだ。そんなこと、言った覚えはないと吉田は力説した。だが、吉田は社長の怒りを買い、娘婿候補から脱落してしまった。社長の信頼を失い、娘婿候補から脱落してしまうと、社内での吉田の立場は厳しいものになってしまった。

 吉田は退社を余儀なくされた。

 吉田から延々と一時間近く、純平の愚痴を聞かされた。「純平憎し」で、全てが事実ではないかもしれないが、吉田の証言は純平の素顔を垣間見させてくれた。

 吉田からの事情聴取を終えた後、並木美栄という女性について調べてみた。

 確かにリンケン・グループに勤務していたが、ある日の朝、通勤中、ホームから落ちて電車に轢かれ、死亡していた。

 残念ながら並木美栄が生前、純平と付き合っていたという裏付け証言を取ることが出来なかった。吉田以外、誰もそのことを知らなかった。

 結局、並木美栄の死因は、事故なのか、自殺なのか、はっきりとしなかった。

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