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疑わしきは罰せず③

「林氏から奥さんの殺害を持ちかけられ時、あなたは考えた。彼の計画を逆手にとって林氏を殺害することを。違いますか?あなたは親友の仇を取ったのではありませんか」

「違います!美栄を振った彼氏は、高岡という名前だと聞いていました。純平さんと同一人物であったことは、ずっと知らなかったのです。美栄の仇を取りたくて純平さんに近づいた訳ではありません。純平さんが美栄の彼氏だった高岡と同一人物だったことは、つい最近まで知らなかったのです」

「では、どうやって林氏が並木さんの元彼だったことを知ったのですか?」

「それは・・・」

 真希は口籠った後、週に一度しか会ってくれず、しかも決して自宅に招こうとしない純平に不信感を抱いた。

 純平は真希の部屋での密会が終わると、シャワーを浴びた。フィットネス・クラブに行ったことになっているので、シャワーを浴びて帰って、不自然ではなかった。

 真希はフィットネス・クラブで純平が使っているロッカーのパスワードを知っていた。純平がシャワーを浴びている間、戯れに純平の携帯電話に入力して見たら、ロックが解除された。

 純平のSNSを見て、純平が既婚者であることを知ったと言う。そして、純平を問い詰め、既婚者であることを白状させた時、純平が入り婿で旧姓を高岡だったことを知った。その時、美栄の元彼だったことに気がついたと言う。

「あなたは林さんが並木さんの元彼であったことを知って殺意を抱いた」

「違います。確かに、純平さんが美栄の元彼であったことを知った時はショックでした。でも、その時には、既に彼のことを好きになってしまっていて、どうしようもありませんでした」

「林さんが並木さんの自殺の原因となった元彼であることを知っても、あなたは林さんのことが好きだったと言うのですか?」

「美栄は――!」追い詰められた真希は、髪を振り乱して声を張り上げた。「学生時代、確かに、私は直美と美栄と何時も一緒にいました。でも、美人でスタイルも良かった美栄は、何時もそのことを鼻にかけていて、どこか上から目線で物を言うところがありました。私は内心、美栄のことを嫌っていました。直美がいるから美栄と会っていただけです」

 並木美栄と会ったことはないが、石川から見れば真希は十二分に美しい。美栄は自分に負けず劣らず美しい真希にライバル心を抱いていたのかもしれない。事情聴取で話を聞いた直美は、お世辞にも美人と言えないが、性格は素直のようで、三人の間の緩衝剤の役割を果たしていたのだろう。


 野田真希は釈放された。

 係長が苦虫を噛み潰したような顔で言った。「野田真希が林純平氏を刺したことは間違いないだろう。しかしながら、その刺し傷が致命傷になったとは言えないという判断だ」

 席に戻って、そのことを森に伝えると、「まあ、仕方ないかもしれませんね」と淡々と言った。

「林さんを刺殺したのは、やはり妻の恵美だったと言うことになるのでしょうか?」

「林氏に致命傷を与えたのが、野田だったのか、それとも妻の恵美だったのか、決め手となる証拠が見つからない以上、どちらを犯人なのか特定できないと言うことでしょう」

「それでも野田真希が林さんを刺したことは分かっている訳ですから、傷害罪で起訴することができるのではありませんか?」

「野田真希を傷害罪で起訴してしまうと、その後、彼女が犯人であることを示す、有力な証拠が見つかっても、一事不再理の原則により殺人罪で起訴することができなくなってしまいます」

「一事不再理の原則と言うと、一度、判決が出た事件については、再度、審理、判決を禁止すると言う刑事訴訟の原則のことですね」

 真希を一旦、純平への傷害罪で起訴してしまうと、今後、純平殺害の犯人であることを示す重要な証拠が見つかったとしても、再び純平殺害の犯人として起訴することが出来なくなってしまう。警察としても純平殺害の犯人は、傷害罪などではなく殺人罪として起訴したかった。

「断腸の思いで野田真希を釈放したと言うことですね。これで野田は無罪放免と言うことになるのでしょうか?」と石川が聞くと、「勿論、無罪放免などであるはずはありません。新たな証拠を探して捜査を続けるだけです。ですが現時点では二人の内、どちらかを犯人として断定するには証拠が不足しています。二人の内、どちらかを殺人罪で起訴をしても公判を維持できないでしょう。冤罪は何よりも忌諱すべきものです。『疑わしきは罰せず』で、野田真希の釈放はやむを得ないでしょう」と森が強い口調で答えた。

「確かに冤罪はダメですね」

「ええ・・・」と言った後、森は暫く黙った。そして、「突拍子もない話ですが、二人が共謀していた可能性がないだろうかと、そんな考えがたった今、頭を過りました」と言った。

「二人が共謀? 被害者の妻、林恵美と愛人の野田真希が共謀して林純平氏を殺害したと言うことでしょうか?」

「何の根拠もありませんが、二人が共謀して林氏を殺害し、そして二人の内、どちらが林氏に致命傷を与えたのか分からないように細工をしておいたとしたら、どうでしょう? そう考えてみたのですが、被害者の妻と夫の不倫相手が共犯だなんて、馬鹿げていますね。妻の恵美には夫を殺害する動機は無かったのですから――」

 森は自嘲気味に自ら披露した推理を否定した。

「そんなことはありません。妻の恵美が夫の浮気を知り、殺意を抱いたとしても不思議ではありません。二人の共謀説もあり得るのではないかと私は思います」

 今度は石川が強い口調で言った。

「そうですか」

「林さんを殺害したのは、恵美だったのかもしれません。それを糊塗する為に、野田真希に頼んで、怪しい行動をとらせた」

「林氏の手引きで林家に隠れ潜んだ野田真希は犯行前に林家を去っていた。全ては恵美の犯行だったという訳ですね」

「黙秘にハンストをして、野田真希をあぶり出させる。捜査を混乱させて、無罪放免を勝ち取る。それが彼女の計画だった。僕らは彼女に踊らされているだけかもしれません」

 悔やんでみても、既に捜査は行き詰まってしまった。

「まだ逆転の目は残っていますよ」

 森は闘志満々だった。

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