「親愛なる君へ」
こんな手紙が来たからって、驚かないで読んでほしい。
僕はただ、君にあることを伝えたいだけなんだ。
しかし、その前に書きたいことも沢山ある。
ゆっくりと誤解がないように話を進めていくつもりだから、暇なときにでも読んでほしい。
一年前に新しい人格を買った。
人格を買うのは生まれて初めてのことだった。
三十年間、主人格の自分一人で何もかもやってきたのだ。
けれども、金銭的にも時間的にも生活に少しゆとりができた。
このまま、悠々自適に好きなことをやっていくのもいいけれど、もう少し欲を出して、人生を快適に過ごしたい。
そんな感情が生まれた。
もしかしたら、人生のパートナーのようなものが欲しかったのかもしれない。
人格売り場のショーケースには、沢山の人格が説明書とともに並んでいた。
その中から、店員とやり取りをしながら、品定めをし、一つの人格を選んだ。
僕は、人とコミュニケーションをとるのが苦手だから、会話が得意なものを、というのが第一条件であった。
しかし、それに見合った人格はいくつかある。
会話が得意ではあるけれど、決しておしゃべりではなく、知的で品がある人格にしたかった。
そうして、最終的に一つの人格を、挿入機とともに購入したのだ。
そう、それが君だ。
君という人格を脳に挿入してから、生活が格段と楽になった。
自分では対応できないシーンに出くわしたら、君とハイタッチして後ろに下がる。
苦手なこと、嫌なことは必ずしも克服しなくてはいけないという決まりは、幻想だということを知った。
これは、人格を挿入したことの一番の収穫である。
厳格な家庭で育ったから、子供の時は、あまり、そう思えなかったのだ。
ただ、あくまで役割分担として選択したのであって、きついこと汚いことを君に押し付けたつもりはない。
君もそのあたりは納得してくれていると思う。
会話のほかに君は、掃除、洗濯、炊事の家事全般を引き受けてくれている。
これは、とてもうれしいことだ。感謝している。
僕もときどき手伝うのだけれども、身体は一つだし、手際は悪いしでいつもまかせっきりにしてしまう。
君と過ごして、もう一年になる。
僕には、もうずっと親も兄弟もいないから、クリスマスもお正月も誕生日も君と二人きりで祝って過ごした。
些細なことを抜かせば、二人はとても上手くいっていた。
人格を挿入した人の中には不適合が発生して、せっかく手に入れた人格を捨ててしまうこともあるらしい。
僕らは何の問題もない。
しかし、最近ある悩みが浮上してきた。
これが、この手紙の中で一番言いたかったことである。
正直にそれを書こうと思う。
どうしよう……。
困ったことに、君のことを愛してしまったのだ。