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「タイムリープの日」

 気が付いたら、昨日にいた。

 PCの画面とにらめっこをしていたところだった。ふと、昨日もこの資料を見ていたような気がして、すぐに思い至った。


「そうか、今日はタイムリープの日か……」

 どうりで、昨日片づけたはずの作業をまた繰り返しているわけだ。


 タイムリープ。もともとは、SFなどに用いられる用語で、自分の意識だけが時間移動する現象のことだ。それが今では、実在する自然現象となっていた。


 約二十年前、俺が高校生の頃に始まったもので、前述した通り、意識だけが時間移動する。一年に一度だけのこの日は、いつしか『タイムリープの日』と呼ばれるようになった。この現象が生まれた原因については、諸説あるが、いまだに明確な答えは出ていない。


 当初は、センセーショナルな出来事として扱われ、毎日その話題で持ちきりになり、朝から晩まで様々なテレビ番組がひっきりなしに取り上げていた。未来を変えられるかもしれない、人生をやり直せるかもしれない……誰もが一度はそんな希望を抱いたものだ。


 だが、移動する時間は前日のみ、対象の人間は、無作為に選ばれたかのような関連のない数人だけ、ということもあり、大衆は徐々に興味を失っていった。科学界では今でも、原因究明のための研究や議論などが行われているらしいが、忙しい一般人にとっては『煩わしい日常の乱れ』くらいの現象となっていた。


 とかいう俺も、タイムリープにはうんざりしていた。

 実は、俺がタイムリープしたのは、これで二度目である。前回も仕事中に気が付き、昨日をやり直す羽目になった。昨日片付けたはずの書類の山はそのままだったし、上司からは昨日とまったく同じ小言を言われる。挙句の果てに、同僚には、付き合ってる彼女の愚痴を一言一句違わず聞かされたのだ。


 今回も同様のことが起きるのだろう。メールの受信ボックスに未読が溜まっているのを見て、ため息をついた。


 それでも仕事は待ってはくれない。俺は仕方なく画面に向き直り、資料のチェックを再開する。少し経った頃、必要な書類を探すため、机の端に積まれた紙の山をかき分けていると、ふと間に挟まっている小さな紙切れが目にとまった。


「ここを変えれば変わるかもしれない」

 そんな文字が走り書きで書かれている。筆跡は俺のものだ。

 いつ書いたものか分からないが、おそらく何かの書類内容を指摘するために書いたものだろう。


「変わるかもしれない……か」

 なぜだか、その言葉に一瞬だけ惹かれた。微かな希望のようなものが見えた気がしたのだ。だが、すぐに冷めた笑いがこぼれた。何が変わるって言うんだ? 結局、俺は昨日と同じ日常を繰り返しているだけじゃないか。


 俺はそのメモを握りつぶしてゴミ箱に投げ捨てると、無駄な期待を打ち払うように再びPCに向かい、目の前のタスクを黙々と進めていった。


 仕事が終わり、同僚の佐藤と居酒屋で一杯やることになった。佐藤も俺と同じくタイムリープ経験者だ。酒の肴になると思い、自然にその話を始めたが、なんと佐藤は一日戻ることについて良い経験をしたと楽しげに語った。


「お前もタイムリープうんざりしてるだろ?」

 上機嫌な佐藤の様子が理解できず俺が言うと、彼は笑いながら首を振った。


「いや、俺は逆にあの日があったから今があるって思ってるんだよ」

「は?」と思わず聞き返すと、佐藤は少し恥ずかしそうに語りだした。

「去年のタイムリープの日、俺は落ちたプレゼン企画を練り直して再提出したんだ。それが成功して、今やってるプロジェクトを任されることになった」


「タイムリープのおかげで変わったってわけか?」

 俺は、茶化すようにグラスを揺らして言った。しかし、佐藤は冗談を話しているわけではないようだ。ニコニコと嬉しそうに話を続ける。


「ああ、そうさ。おかげで人生の転機になったんだ。今はこの仕事に全力を注いでるよ」

 得意気に語った佐藤の目には、確かな情熱が宿っていた。そんな彼を見ていると、俺はバツの悪さと苛立ちが交じったような感情を覚えた。


「その程度で変わるはずがない。お前、何かズルでもしたんじゃないのか?」

 半ば意地になって聞くと、佐藤はきっぱりと言い返した。

「違うよ。変えようと思って、変えるためにちゃんと行動したんだ」


 その言葉に、俺は黙るしかなくなってしまった。テーブルに置いたグラスの中でカランと氷が音を立てる。

 結局のところ、変われるか変われないかは、タイムリープがどうとかではないのかもしれない。佐藤は自分にチャンスが来たとき、それを掴み取る覚悟があった。俺には、その覚悟がなかっただけだ。


 タイムリープでは何も変わらないと決めたのは、他でもない俺自身だったのかもしれない。


「……もう一杯、頼むか」

 グラスの底で、溶けた氷の水が揺れている。それをぼんやりと眺めながら、俺は、自分が捨てた「ここを変えれば変わるかもしれない」というメモのことを思い出していた。

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