タイトル未定 -1-
生まれながらにしてアラサーのアオイは自由な生活を満喫していたが…?
著者の浅い知識で描く近未来、クローンなどの表現あり。
タイトル未定です。
室内には、TVドラマの音声だけが響いている。
こじんまりとした板張りの部屋にしては、ちょっと大きめサイズのテレビ画面。
女の視線はそこに注がれていた。
恋愛とお仕事モノを掛け合わせたような内容のようだが、ちょうどクライマックスを迎えたようだ。
女はザフザフ、みたいな音を立て、口いっぱいになるサイズの筒状の黒い麩菓子を吸い込むように食べていき、冷たい麦茶を勢いよくすすって流し込む。
「ふう」
窓越しの風景は一面の緑。
空の色や空気感からして、朝方のようだ。
アラサーくらいに見える女は、ゆったりとした部屋着を身につけ、3人はゆうに座れそうな布張りのソファにだらしなく身を預けている。
それからしばらく目を閉じた後、壁の時計を見て眉をひそめ、起き上がった。
「8時間、切り換えてないのか‥戻ろ」
すると、空間に青色の画面が現れ、さらに目の動きで何か操作をしたようだ。
まばたきするくらいの時間で、辺りは急に暗転。
ポン、ポンというかすかな音とともに明かりがつき、浮かび上がったのは先ほどまでとはまるで違う無機質な空間だった。
部屋と外の境目があいまいになり、野外にも思える。とにかく広々としている。
女がさっきまで着ていた服も、身体のラインを拾うムダのないデザインの丈の長いものになっている。
「着心地はいいんだけど‥」
何やら一人でブツクサ言っているようだ。
自動で歩行できるシステムの通路を進み、sec.3と表示された扉の前で止まる。
扉は無音でフッと消え、また別な空間が現れる。
女は何のためらいも見せず、そこへ吸い込まれて行った。
「サトさん、こんにちは」
「ハロー、アオチャーン」
サト、と呼ばれた人は額と両目、そして頭を金属製のマスクで覆っている。
そしてしゃべるとき、口元が全く動かない。
スーツの柄がやけに派手で、中の人のキャラをあらわしているみたいだ。
「アオじゃなくて、アオイ‥まあいいか」
明らかに人工的だけれど、太陽のような光に照らし出された一面の緑。
丸くて先がとがった果物は少しかたいけど、真っ赤だ。
空間に浮かび上がったパネルにかざすと、ピロン♪と鳴る
「RANK8-9!見て、私の顔サイズ」
「ウォラ、がいいですから、それにスキルも」
サトは、口角をあげて見せた。
歯がないから、見せないようにしてくれている。
こういうところが気遣いがあって優しい。
「これ、コピーしていいよね」
「そうですね、オケ」
大きな果物に、再び青いパネルをかざすと、果物はかき消すようになくなった。
空間転送され、コピーの原本になるのだ。
原本は1つでいいと言う人もいるけど、それだとスープの味が単調になる。
サトが理解ある人でよかった、とアオイは思いながら次の原本を探していく。
大きな白い花にはわずかながら粘り気があり、これも食用。
細長くて太い、緑の野菜は淡白でアクのない味だ。
目を凝らしてみるが、どれもあまり出来がよくない。
そう思っていると、ピロン、という音とともにパネルが自動で表示された。
自動探知で見つけてくれたようだ。
ラインの先をたどると、ひときわ大きく実った濃い紫の野菜がある。
ただ…。
「うーん、確かに大きいんだけど、…軽い」
アオイがパネルにまばたきすると、通話がつながる。
「見えてマース。その子はウォラが抜けちゃったんでしょう。
一応、確認シマス。
結果次第デハ、もったいないデスが、リサイクラー行きですね」
「はーーい」
「アオチャン、いつも助かりマス」
「え?いいえ・・私も楽しんでるから」
そう言いながら、しばらくぶりにサトさんの背景に思い至る。
サトさんはもと農家で研究者。
優れた知性や味覚を持っているけど、目はほとんど見えていないのだ。
3回目のクローンで28歳のときに失い、4回目、5回目の今も回復していないまま。
原因はまだ研究中らしい。
生まれながらにうすぼんやりとしか見えないって、どんなものだろう。
つねにAIのサポートがあるとはいえ、不安を覚えたりしないのだろうか。
5回目の人生で頭部のほとんどを金属で覆ったのは、本人の希望らしい。
さらに派手な服装で、あの通り明るいから、気にしていないようにも思える。
明るいのは、アメリカとアジア人の混血というルーツによるものもあるだろう。
それからしばらく歩き回って、いくつかの原本を探し当て、コンポースやウォラーの調整をサトさんの指示を受けつつパネルで操作する。
その日のカツドウは終えることにし、元の個人セクションへ戻ろうとした時。
「アオチャン、最近ちょっと増えてマスカ?癒し時間」
「ああー、そうかも」
「私でよければ話聞くマスよ、いつでも」
「うん、また来ます」
アオイは微笑み、セクションをあとにした。
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現代から、およそ200年後。
地球を模した改造惑星につくられた居住区画に、アオイやサトは暮している。
アオイはここで3代目クローンとして生まれ、育ってきたので実際には地球を知らない。
パネル検索やサポートAIによって得た情報によると、地球はほとんどの大陸や海が温暖化や大気汚染によって災害・紛争・巨大危険生物の出現その他の事情により、人類が極地にしか住めない惑星になっている。
浄化や開発は進んでいるものの、完全にもとに戻る見込みはなく、膨大な時間もかかるという。
この星ではさまざまな年齢層・背景を持つ人が数百人、クローンやAI技術によって生命をつないでいる。居住施設は点在していて、交流の機会がオンラインのみということも普通にある。
類似条件の星が他にもあり、全体では数万人規模とのこと。
施設の機能は非常に高く、冒頭でアオイが楽しんでいたお菓子や飲み物、そして空間演出は過去なら1980年代のアメリカや2020年の日本など、好きなパターンを選んで再現できる。さまざまな疑似体験を可能にしているものだ。
ちなみに、クローンで生まれ変わるタイミングや、年代は選ぶことができる。
例えばアオイの親友の祖母は、痴ほうを発症したときに生まれ変わりを選択。
親友より5つ年下になった姿で現れ、驚かされた。
さらに、私も2回目の人生を生きた女性が最も輝いていたと考えたのか、30代前後に設定されて生まれたので、生まれながらにアラサーを満喫することになった。
クローンに必要な資源が不足しているとか、特殊な職業、政府がらみの研究に携わっていると、先延ばしを求められることもあるが。
クローン再生を選択せず、レトロな手段つまりは生殖を選択する人もいる。
200年前にはLGBTが社会に本格的な浸透をしたとAI情報には載っているが、今では同じ性の人同士、遺伝子を掛け合わせて子どもを持つことも普通だし、出産は痛みや分娩にかける時間を調整できる。なので、1つの『興味深い体験』扱いだ。
ただ、クローンのほうが最初から好みの機能を付けられるので何かと便利で、前世の記憶もクリアに引き継げる。
だから、生まれながらに能力が高く、社会的にもスムーズにいきやすい。
ただ、サトさんのように身体の機能を一部失うこともあるので、万全とはいえない。
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「ううーん、いい匂い」
アオイはヒノキの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
住居を古民家を改装した一軒家に設定したのだ。
ダブルサイズのベッドは白の寝具で統一され、寝心地が良さそうだ。
今夜は、眠くなるまで本を読んで過ごすことにした。