第23話 王国三剣士
俺は素早く通路を引き返し、ホールの入り口へと戻った。
そこから中を覗き見ると、ホールの中央に設置された大きなテーブルの前に、威厳を放つ王国の王が立っていた。彼の存在感は圧倒的で、金の冠がその頭上で煌めいている。王の周りには、数十人の重装備の騎士たちが警戒を怠らずに立っている。
王は大きな声で話し始め、その言葉はホール全体に響き渡った。
「サラフェイン王国の忠実なる臣下たちよ! 我々はこの暗黒の時代に終止符を打つため、そして我が国の誇りを取り戻すためにここに集った。敵は我々の計画に必要な力を奪い、その力をもって世界を支配しようとしている。だが、我々はそれを許さない!」
王の言葉に続いて、ホール全体が歓声で揺れる。近衛兵たちが剣を掲げ、忠誠と熱意を示す。
(どうやら俺が追っ手を全滅させた事が伝わったみたいだな。しかし、嘘も噓、大嘘をよくもああも言えるものだ)
「対象番号L-37、彼女の力を取り戻し、我々の手で正義を成すのだ。私は自ら指揮を執る。これより全軍をもって敵を叩き、我々の未来を取り戻す!」
再び歓声が上がり、その熱気にホールは包まれた。俺はその場で一瞬立ち止まり、深呼吸をした。リリカの名前が出たことで、俺の決意は一層固まる。
リリカを守るために、俺は何としてでもここで戦う覚悟を決めた。
意を決して、俺はホールの中央へと歩み出た。王の目が俺に向けられると同時に、近衛兵たちが一斉に警戒態勢を取る。
「王よ、お下がりください」
王の隣で鎮座していた女性が王の前に立ち、俺にレイピアを向けた。
「モンスター、ですか。こんなところに……変ですね」
「ゲロゲロ(お前たちの企みはすべて分かっている)」
そう言うと女性の眉がぴくッとわずかに動く。
「企みが分かっている? それはどういう事でしょうか?」
(言葉が通じた? こいつ……モンスターか!)
俺のパッシブスキル、魔獣言語で言葉が通じるそのモンスターが人間と共に、いや、人間の隣にいる。
それも、一国を代表する王の隣に。
「なるほど、さっきの発言の全て分かっているは撤回させてもらおうか。お前たちの企みはここまでだ」
俺は短剣を女性型のモンスターに向けた。
なぜモンスターが人間と、それも一国の王といるのか、そんな事は今の俺にとっては些細な事だ。
リリカを守るために何をしなくてはいけないのか、はっきりと俺には分かっている。
「何者かは知りませんが、我々の秘密を知ってしまった以上は生きて帰れませんよ? 王が誇る剣、サラフェイン王国三剣士よ! このカエルのモンスターを倒すのです!」
その言葉と共に、ホールの奥から三人の剣士が現れた。それぞれが異なるオーラを纏い、その姿は一目で強者だと分かった。
「我こそは炎の剣技を操る、鷲の剣士ファルコ。貴様の命、この炎で焼き尽くしてやろう!」
最初に名乗りを上げたのは、赤い鎧を纏い、燃え盛る剣を持つ男だ。彼の剣からは炎が立ち上り、その熱気が周囲を包んでいる。
「雷の剣技を極めし、鷹の剣士ラプター。お前の末路は、この雷が知っている」
続いて現れたのは、青い鎧を纏い、雷を纏う剣を持つ男。彼の剣先からは雷がほとばしり、その光がホール全体を照らし出す。
「そして、氷の剣技を持つ、梟の剣士オウル。お前の息も、この氷で凍らせてやる」
最後に現れたのは、白い鎧を纏い、氷の剣を持つ男。彼の剣からは冷気が漂い、その寒さが肌を刺す。
「サラフェイン王国の三剣士……か。初めて聞いたけど、強いの?」
俺は短剣を握り直し、彼らに向かって構える。
「カ、カ、カエルのモンスターの分際で! 確かに南の大陸最強の剣士、隼の剣士には劣りますが彼らは我が国の最高戦力! それに対して強いのですって? ふざけるんじゃないわよ!」
「逃げ場はないぞ、カエルのモンスターよ。我々三剣士が相手だ。覚悟するがいい!」
ファルコが炎の剣を振りかざし、ホールの中央に立ちはだかる。
「ゲロ、ゲロ(いいだろう、相手になってやる)」
俺は冷静に彼らを見据え、戦闘の準備を整えた。
「行くぞ!」
ファルコが先陣を切って突進してくる。その剣が炎を纏い一直線に迫る。
(この戦闘スタイル、まるで幼少の時の戦士みたいだな)
その攻撃を軽くかわし、反撃の機会を窺う。
次の瞬間、ラプターの雷の剣が横から襲いかかってきた。その動きはまるで電光石火の如く、速さを感じた。
だが、感じただけだ。電光石火、それは俺が一番得意としている戦法。
俺の速さには到底及ばない。
「ゲロゲロ(速いな……だが)」
俺はその攻撃をわざとギリギリで避け、ラプターの腕を狙って短剣を突き出した。
「ふん、そんな攻撃が通じるか!」
ラプターはすばやく後退し、再び構えを取り直す。
(短剣を突き出した……だけなんだけどな)
その瞬間、オウルの冷気が周囲を包み、ホールの温度が一気に下がるのを感じた。
「これで終わりだ……氷結の剣技!」
オウルが剣を振るい、その冷気が俺に向かって飛んでくる。
「ゲロゲロ(飛翔する氷撃ってとこか)」
咄嗟にスキルの強酸息吹を放ち、冷気を消滅させる。
「今だ、やれ!」
ファルコが叫び、三剣士が同時に攻撃を仕掛けてくる。
俺はその攻撃の連携に対抗しながらも、リリカの短剣を握りしめた。
「ゲロゲロ(こいつらからは悪意、闇を感じない。隼の剣士のように何も知らないタイプか?)」
俺は三剣士の攻撃を防ぎながら、反撃の機会を探る。
「諦めろ、カエルのモンスターよ。お前の抵抗など無駄だ! もっとお前の剣を見せてみろ!」
ファルコが嘲笑しながら言うが、俺はその侮蔑するような言葉に怒りは湧いてこなかった。
(こいつら……剣技が好きなんだな。隼の剣士と同じだ)
「ゲロ、ゲロゲロ(でもな、俺の敵になる以上は加減はしない)」
俺は短剣に少し多めに力を込め、三剣士の攻撃を跳ね返した。
「これは……!?」
三剣士が驚愕の表情を浮かべながら膝をつく。
無理もないか、こいつらは察する事ができる力の持ち主だったって事だ。
「何をしているのです! サラフェイン王国の三剣士とあろうものが王の前で戦意喪失ですか!? たかがカエルのモンスター風情に!」
女性型のモンスターの言葉に激高するファルコ。
「ああ!? 今なんて言った!? カエルのモンスター風情? 冗談だろ!」
ファルコに続いてラプターも女性型のモンスターに反論する。
「剣気……が感じられないのか!? これほどまでの強力な剣気を……」
ラプターがそう言い終わるとオウルが口を開く。
「無理だ、正真正銘、本物の化け物だ。俺たちじゃ勝てない」
オウルが冷静に状況を判断し、冷や汗を流しながら言っている。
「あ、あなたたちで勝てなくてもこっちには、南の大陸最強の剣士、冠に不死鳥を戴く隼の剣士がいるのよ! 彼がいればこんなカエルなんか!」
「隼の剣士? さっき勝負して勝ったけど?」
俺の言葉を聞いて女性型のモンスターはヒグッと声を出し黙ってしまう。
「どうしたミラージュ。なぜ黙るのだ。なぜ我が国最強戦力がカエルのモンスターなどにてこずっておるのだ?」
ミラージュと呼ばれた女性型のモンスターは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、王に向かって小さく頭を下げた。
「お気になさらいでください。三剣士はあのカエルが少々剣を使えるようで驚いているだけです。まさか、そんなまさか。そんな事はあるはずないんです、あれはもう死んだんですから」
ミラージュが予感している、いや、確信していることを俺は見抜く。
「お前の想像通りだ。俺は……かつて勇者と呼ばれたものだ」
俺の言葉にミラージュの目が激しく揺れ動き、彼女の驚きと不安が伝わった。
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者!? あわ、あわわわわわわ! ぜ、ぜ、全員撤退! この場からは、はやく離れるのです! 一刻、一秒でも早く、生を失いたくないものはここから早く去るのです!」
動揺という文字通りミラージュはあわてふためいている。
その危機迫るミラージュの言葉で三剣士以外の兵たちは脱兎のごとく、その場から離脱していった。
「勇者? 勇者とはあの血みどろの――」
その王の言葉を遮りミラージュは慌てた様子で、
「お、王よ。こ、ここは退きます。いえ、全力でこの場から逃げます! 早く私の近くに! 転移します!」
(転移系のスキル持ちか。少し厄介だから速攻で潰させてもらおうか)
俺はスキルの素早さ強化を発動させる。
≪虫の報せ《バグシグナル》が発動しました≫
(このタイミングでくるのか!)
俺は咄嗟に短剣を構えなおした。




