プロローグ(24/06/11 表紙追加)
俺はリズム良く右、左と地面を蹴ると、勢いを殺さず目の前のみぞおち目掛けて蹴りをぶち込んだ。
相手は「オェ」とえずくと、顔面から地面に突っ伏した。
続けて隣のヤツにもリズムを刻んで接近すると、さすがに警戒したのか腹の前で腕を十字に交差し、防御の姿勢をとった。
避けるという発想はないのだろうか。
俺は相手の意識をさらに惹きつけるべく、お望み通り腹に足を突き出すと見せかけて、顎を蹴り払った。
全く反応出来なかった男は、そのままどさりと音を立てて崩れ落ちる。
「コイツで最後か?」
辺りを見回すと、双龍がそれぞれ制服についた汚れをはたき落としていた。
「うぃー、お疲れー。今日も数だけだったなー」
双龍の片割れ、十三 龍也がつまらなさそうに言った。
「僕は憂さ晴らしが出来ればなんでもいいので」
サイコパスまがいのセリフを吐いたのは、同じく双龍の片割れ、九頭龍 慎吾。
双龍とは二人の名前をもじって、ここ私立清峯学園の生徒達が名付けたものだ。
最初に断っておくと、俺達は売られた喧嘩を買っているだけに過ぎない。
この学園は高校の中でも特に優れた医学部を保有しており、いわゆるお金持ちの生徒が多い。
そのため、街中でカツアゲに遭う生徒は少なくなかった。
最初は目についた現場に乱入する事で事態を収拾していたが、俺らの強さがいつの間にか不良を集めるようになり、気付けばカツアゲ目当てではなく、腕試し的なモチベーションで不良が集まるようになってしまった。
ただ、そうした武闘派の不良が学園周辺に集まることで、当初起こっていたような問題はなくなり、結果として街の治安が良くなったことは幸いというべきか。
「なんにせよ、今日もお疲れさん。この後どうする?飯でも行くか?」
「僕は遠慮するよ。勉強時間は減らしたくない」
慎吾は鞄を抱えると、自転車置き場の方へ歩いて行った。
「まぁ、慎吾は成績がモチベーションだからなぁ。たっつんは?」
「オレは単純に金がねーからよー!もしかして、奢ってくれんの?」
期待の眼差しを受けるが、あいにく俺も人に構える財布事情ではない。
が、それでも真っ直ぐ帰宅する気にはならなかった。あの家には、まだ帰りたくない。
「…しゃーねーな、コンビニでおにぎり祭りしようぜ」
「おお!ごっそさん!知ってる?塩おにぎりって意外とうめーんだよ」
たっつんは満面の笑みで謎知識を披露すると、俺達はお互いの鞄を拾い上げて近くのコンビニへ向かった。
◆
「最近どーよ、しょーちゃんちー」
塩おにぎりの袋を破くたっつん。
「…変わんねーよ」
俺が帰りたくない理由。それは、気まずい家。
父親は介護職で勤務時間がまちまち、母親はシステムエンジニアで残業しがち。
家に帰っても一人。
たまに生活時間が合ったとしても、ろくな会話もなく、挨拶だけで終わる。
終始、気まずい。
清峯学園に目的があって入ったなら、また違ったかもしれない。
でも俺はどうしようもない馬鹿で、この学園に入れたのも理事長であるじいちゃんのおかげだ。
何も目的がなく、ただ喧嘩ばかりの毎日。
それもまた、後ろめたく、コミニュケーションを減らしている理由だった。
「来月にはさー、オレら二年生になるわけじゃん?いつまでこんな事やってんだろうねー」
「さぁな。慎吾のストレスが続く限り、オワンネーんじゃねーの?」
「それ正解だわー」
ーーキキッ。
目の前の道路に黒塗りのいかにも高級車が横付けされ、ピシッとしたスーツの男性が降りてきた。
コンビニの駐車場に停めない所を見ると、目的はどうやら…俺たち?
「勝利様、理事長様よりお連れするようにとのご指示です」
俺の読みバッチリ。っていうかじいちゃんの遣いの人か。
ところで勝利っていうのは俺の名前な。
皇 勝利。
別にこの人が勝利宣言をしたわけじゃない。
「…なんだろ」
俺は立ち上がると、たっつんに手を振る。
「急用っぽいから行ってくるわ、またな」
「ういういー、また明日ねー」
たっつんも手をひらひら振ると、俺は黒塗りの車に向かって歩き出した。