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『アナタの中』へようこそ

 中身がなくなった空き瓶や、指で潰されてひしゃげたPTPシートの欠片たちがそこいらに散らばっていた。それらをつま先で蹴りながらまたこの部屋に帰って来る。

 外は落ち着かない。会うなら静かで、誰にも邪魔されない場所でないと――。


 『現実(ここ)』はなんだか息苦しい――。

 

 あの人がいない場所だからだろうか。知らない人たちで溢れた都会は空気が悪くて、どうして今まで平気だったのか不思議だった。


 どこを探しても目の前に運命の人(夢の中のあの人)なんて現れないじゃないか――。


 賽櫻神社で会ったあの女と自分は何が違うのか分からなくて、思い出す度にイライラが募りやり場のない怒りに心が支配されそうになった。――こんな気持ちのまま眠ることは出来ない。

 ベッドに倒れ込みながら、枕元にあるはずの眠剤へと手を伸ばす。――まだどこかにあったはずだ。これだけが会う手段になっていた。

 最初は薬がなくても眠れていたけれど、会いたい気持ちが大きくなればなるほど焦る気持ちに眠気は遠ざかった。

 入口付近に落としたカバンからバイブレーションの音がし始めて、スマホが己の存在をアピールしている。そんなものに構っている暇はないと無視し、身体を起こして改めて枕元を探した。

 手に触れるのはカスばかりで、目的のものはひとつもなかった。――また買いに行かないといけないのか。

 イラつく心に、息苦しさ、会えない不安感でごちゃまぜになりながらベッドから起き、そこを離れた。まだ耳障りな振動音が部屋に響き、不快感まで追加される。

 だがスマホが鳴るカバンに用があるため、ため息を付きながら騒音の元を手に取る。

 画面にはタモツの名前が出ており無視するか悩んだが、これだけ長く鳴らすということは何か用があるということだろう。ここで無視してもまたしつこく連絡が来るのは面倒だと思い、諦めと共にタモツからの電話に出た。

 

「……何か用か?」


『お、やーっと出たか。ケイジ、生きてるか~? 全然学校でも会わなくなったから心配してたんだよ。一体どうしたんだ?』


「どうも……。――やることが出来て忙しくなっただけだ」


『ふぅん……。イツキから彼女が出来たかもって聞いたんだけどそうなのか? ――アイツ、先週話したときにお前の様子がおかしいって心配してたぞ』


「別に彼女って訳じゃ……。特に用がなければ切るぞ。これから出かけなきゃいけないんだ」


『待てって! 賽櫻神社の話なんだけどさ――』


 切ろうとスマホを離したが、もう一度スマホを耳に当てる。――何か話が聞けるかもと期待で、棘ついた心が少しだけ和らいだ。


『何かケイジの身に起こってるなら相談に乗りたいと思ってるんだ。――どうやら神社に行ってから、様子がおかしくなって消えた人が本当にいるみたいなんだ』


「……そんなことはない。放っておいてくれ」


『イツキがさ、前に羽衣伝説の話してたけど、それとは別にもうひとつ(いわ)くがあるみたいなんだよ。――大正の頃あの辺りで災害があったらしくてさ、ひどい嵐が来て大地震まで同時に起きたらしい。地滑りで周囲が壊滅状態だったのにあの神社だけ無事だったらしいぞ』


 スマホを切らずにベッドに投げ、カバンを背負う。――興味のない話題に心が凪いだように鎮まる。

 タモツにはこのまま適当にしゃべらせておけばいいだろう。人が聞こうと聞かまいとずっとしゃべっているところがあるから、返事がなくてもしばらく気付かないはずだ。

 部屋を後にして外へと目的のものを買出しに出かけた。


『――神社のある場所ってだいたい地盤がしっかりしてるって言うから、まぁ無事なのはある意味さすがって感じなんだけどな。生き残った人たちがあの神社にお礼参りと、事故で亡くなった人たちを弔うために毎日通ったそうだ』


『そしたら夢で死んだ人と会えるようになった人がいたらしいんだ。――それも一度や二度じゃなくて、連日夢で会えたって話だ。……中には知らない人が出てきたって人もいたみたいだけど、事故と災害で寄る辺もない人たちにとっては夢で誰かに会えることが何よりも救いになったとか』


『そういう意味で人と人を結びつけることから「縁結び」の御利益があるって、尾ひれがついて広まったっぽいんだけどさー。だけどそのまま人を連れ去る神隠し的なのも、どうやらあの神社にあるみたいなんだよね』


『そっちはどうやら天女の血を引く子どもが村人たちにバレて、不吉だって旦那もろとも村人の手で全員殺されたそうでさ。供養するためにあの神社で奉っているらしいぞ。――もしかしたら天女とかその家族が人に復讐するために、人を呼んでいるのかもしれないな』


 誰もいない空虚な部屋でスマホからタモツの笑い声が聞こえる。


『だからさ、お前も変な夢みるようなことがあったら教えてくれよな。――もちろん、動画のネタとしてだけどなっ!』


 あはは、としばらく笑っていたが、どうにも返事がないことに気付いたようで、しばらく虚空に向かってスマホはケイジの名を呼んでいた。




  お願い醒めないで。

  いつまでもここに居たい。

  できることなら、ずっと一緒にいてくれるよね――




 車の音、人の声に足音、どこからともなく流れて来る様々なBGMや流行りの曲のどれもが耳障りだ。


 『現実(ここ)』はうるさすぎる――。

 

 近所のドラッグストアで購入しようとしたところ、どうやら何度か買いに来ていたことから店員に呼び止められ逃げてきた。――煩わしい。関わらないで欲しいと振り切って店を出れば、少し離れたところにあるドラッグストアが視界に入る。

 都会はこういうところが便利だ。――ひとつダメでも、まだ他にある。

 



     お願い醒なめいで。

      いᑐまでもにここ居たɭ ɿ。

       でもずッとー緒にいて<れਡねよ――?




 またあの人が呼んでいる。――名前も知らないが、どうせ二人しかいないのだ。『自分』と『彼女』、その存在だけあれば満足ではないか。

 それ以上を望むなんて、全てなくなってしまうようなことでもあればと考えると怖くなって考えないようにしていた。




 お 願 い 醒 め な い ڃ 。

 い ᑐ ま で も こ こ に 居 た ɭ ɿ 。

 で ₺ ア ナ タ լਕ ず ッ と ー 緒 に い て < れ ਡ よ ね ?



 

 彼女が呼んでいる。――早く行かなければ。


 そうやって求めて貰えることが嬉しい。自分に存在価値があるんだと思わせてくれる。あの人の側に居ていいのだと、許されるような感覚が心地よかった。

 ふと視線を上げれば白いワンピース姿の女性が道路の向こう側に見えた。――まさかと思ったが、長い黒髪が風に吹かれ小さく揺れている。

 そして気付いてくれたのかこちらに視線を向け、ゆっくりと手を振ってくれている。

 長く待ち望んでいた瞬間だった――。

 何度も夢で見た光景だ。蜃気楼のように現実感のない出来事だが、あの笑顔を間違えることなんてあるだろうか。


 あの人だ――。


 会えない寂しさで心に出来た穴が不安感や焦燥感で満たされていたが、全て彼女で上書きされていく。目が離せなくなり、穏やかに手を振る彼女の元へと行こうと、道路を横切っていく。

 クラクションが派手に鳴らされて、誰かの罵倒がした気がするがそんなものはこの際どうでもいい。周囲がスローモーションになったかのようなじれったいスピードで、喜びに打ち震える身体を軽やかに前に進むのを邪魔している。

 重い足を前へ前へと出しながら、あの人の元へと駆け寄る。――二車線しかないのに交通量がままある狭い道路を渡り切れば、その人は変わらずそこにいた。

 大した距離じゃないのに息が上がるのは、彼女に会えた興奮やこの暑さのせいだろうか。みっともなく汗が流れる。


「……あの、『アナタ』ですよね?」


 額に流れる汗をぬぐいながら、恐る恐る尋ねた。目の前に立つその人は何度も夢の中で会った人だった。夏だというのに涼やかな笑顔が眩しくて、汗ひとつ流していないところがなんだか夢の続きでも見ているような気にさせる。


「――えぇ」


 何度も自分に向けて発せられた声色と同じものだった。それが現実世界で、自分の耳に直接届けられ一気に現実感が戻って来る。

 嬉しさで顔が紅潮するが、もう目を離すことは出来なかった。ずっと、ずっとずっと会いたかった。夢でなく現実で――。

 喜びに打ち震えていると、その人が両手を差し出した。


「ずっと、一緒にいてくれるよね――?」


「もちろんだ――。ずっと一緒にいる」


 彼女の両手を取り握りしめれば、夢の中と同じようにひんやりとした肌が柔らかい。ようやく触れ合えた喜びに手を取るだけでは満足できずに、引き寄せ気持ちのままに抱き寄せた。

 何度か夢の中で体験したことだが、その感覚が現実のものになった。ようやく追いつけたような安堵感から涙が溢れてきた。

 車の音、人の声に足音、どこからともなく流れて来る様々なBGMや流行りの曲のどれもが耳障りだ。だけど、今は大事な人がここにいる。街のあらゆるものに対して抱いていた嫌悪感はいまはすっかり鳴りを潜め、再会とも邂逅とも言えない、この出会いを享受することで精いっぱいだった。

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