『夢の中のキミ』へようこそ
元の道に戻って来たら、ひとりの女と鉢合わせた。神社のある暗闇から急に三人が現れたので随分と驚いていたが、同じ参拝者だと分かると表情を和らげた。
「お姉さん一人で行くの? 勇気ありますね」
「――実はここに来たの二度目なんだ。配信者の×××さんって分かる? あの人の動画見て興味本位で友だちと一度、今回はお礼参りに来たの」
タモツの気安い言葉に気恥ずかしそうに頬を掻きながら、ここに来た目的を教えてくれてた。
「お礼参りって……、お姉さん、本当に運命の人に会えたってことですか?」
イツキが驚きながら聞けば、照れたような可愛らしい笑みを浮かべた。
「えぇ。――ここにお参りに来てから毎日が夢みたいなの。賽櫻神社の神さまにご挨拶しないとって思って今日来たんだ~」
幸せそうなオーラとは彼女のまとう空気のことを言うのだろう。学校内でもこういう雰囲気の女がたまにいるなぁとケイジは思った。
「――友だちは一緒じゃないんですか?」
「賽櫻神社の神さまは誰にでもご縁を結んでくれる訳じゃないみたいでさ、その子には効果がなかったみたいなの。――私が毎日浮かれているから、その子嫌になっちゃったみたいで今距離を置いてるんだ」
少しだけ寂しそうな表情を浮かべ肩を竦めた。――恋愛で友情が壊れるとは聞くが、そういう効果もこの神社にはあるようだ。
同じ事を思ったようでタモツの口元がニヤリとしていた。
「君たちにも良い出会いがありますように。――じゃ、そろそろ行かなきゃ」
赤い蝋燭に火を灯し、手持ち台にそれを差すと足早に神社へ向かおうとしていた。
「――その蝋燭、どうしたんですか?」
「これ? ここにあるものだよ。――君たちもここの蝋燭を持って行ったでしょ」
イツキが不思議そうに声を掛け、女が少しだけ足を止めて説明してくれた。でも彼女は先を急いでいるようでじゃあね、と話を切り上げ暗がりの中へと姿を消していった。
「……どうかしたのか?」
「あのお姉さんが持ってたの赤い蝋燭だったから、自分で持ってきたのかと思って……」
そういえば、自分たちが運んだのは白い蝋燭だったはずだ。――置かれている蝋燭の山を見てもどれも同じ色で、あの女が持っていたものとは違うように思えた。
「……成就したら赤い蝋燭を持っていくのかな。初めて聞いたけど、タモツ知ってた?」
「いや、初耳だな。――イツキが気付かなかったら、スルーしてたわ」
もう使わないと思っていたスマホを自撮り棒に着け直し、今の出来事を収録するつもりのようで蝋燭台を背景にタモツが立った。
女が消えて行った先を見る。――わざわざこんな場所までもう一度来るなんてもの好きだなと思いながら、自分がそうなってもきっとこの神社にはまた来ることはないだろう。
イツキも同じ方向を見ていたが、冷えてきたのもあり一足先に車へと向かった。
タモツが運転する車の中――。
三人で少し休んだので、じゃんけんで負けた順で交代しながら暗闇の中車を走らせることにした。
山道のカーブで左右に揺られていると心地好い微睡みが訪れ、こくりこくりと首が揺れる。もう少し起きていようかと思うが、眠気の方が意識よりもずっと強いのかすっと意識が深く沈んでいった。
お願い醒めないで。
いつまでもここに居たい。
できることなら、ずっと一緒にいてくれるよね――。
少女、いや自分と同い年くらいの女性だろうか。年上にも見えなくはない女と手を繋いでいた。
知っているような気もするし、知らない人だったかもしれない。
景色もよくわからなくてどこを切り取っても曖昧だというのに、手を繋いでいるこの人のことが大事だという意識だけがハッキリと心に刻まれている。――だからその手を離したりしない。
強く握り返せば、彼女はこちらを見て嬉しそうに微笑んでいた。――長い黒髪で、白いワンピースに身を包んだその人は、長いこと求めていた人だ、直感的にそう感じた。
お願い醒めないで。
いつまでもここに居たい。
できることなら、ずっと一緒にいてくれるよね――?
彼女がもう一度不安そうに言う。アンタが望むならと、返事をしてもう一度強くその手を握った。小さく冷えたその手が、その人が愛おしくて気持ちが全身からあふれるようだった。
手を握るだけでは物足りなくなり、手を離し強く抱きしめる。――絶対ひとりにはしないと、彼女に伝える。
お願い醒めないで。
いつまでもここに居たい。
できることなら、ずっと一緒にいてくれるよね――
「もちろんだ。――ずっと一緒にいる」
「お~、なんかお熱い夢でも見てるのかぁ?」
冷やかすイツキの声がしてパッと意識が戻る。――見回せば先ほどいた女性はいなかった。
「――起こして悪いけど、SAついたよ。交代してくれや」
タモツの顔が前の席から向けられるが、すぐに視線が逸らされカチャカチャとシートベルトを外している。
「……なんで泣いてるの? 泣くほど起きるの嫌だったわけ?」
ぷぷぷと堪えられてない笑いと共に、指で顔を差されれば頬に涙が流れていた。
「――うっさいな」
腕でそれを拭い、外に出ようとドアに手を掛ける。
「どんな夢見てたの? 夢占いでもしてあげようか」
まだ面白がっているようで、背後から揶揄うイツキの声を無視して外に出る。――随分と空気がぬるく、じわりと暑さが身体にまとわりつく。
先見ればタモツはトイレに向かったようで、イツキの揶揄から逃れるように後を追った。
歩きながら先程見た夢を振り返る。――今時珍しい黒髪にストレートロングの女性だった。古風と言えばそうだが、そういう女性に知り合いはなく、また好みのタイプだとも思ってもなかった相手だ。
恋愛事には興味がなく、どちらかと言うとカップルを僻むタイプだったので、自分を求めてくれる人がいるというのはああも満たされるものなのかと思い巡らせば顔が熱くなった。
『運命の人』とは彼女の事なのか――。
まさか自分がこうなるなんて思わず、先ほど夢の中で繋いでいた手で目元を覆った。――不思議と手の平には繋いでいた感触が残っている。
両腕をクロスさせ両肩を抱いてみる。――夢の中だというのにこの腕の中まだ彼女の柔らかさが残っているようで、もう一度忘れたくなくて確かめてみる。
あれはただの夢だ。
でも叶うなら、もう一度彼女に会いたい――。