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『賽櫻神社』へようこそ

 参道の砂利道にたまに足が取られそうになりながら、音を立てて三人が参道を歩いて行く。いくつかの鳥居を通り過ぎてみるも何か変化がある訳でもない。それに誰もまだ来ていないようだった。

 撮影のために何度か立ち止まったり、視聴者へ語るための雑談を交えてみたもののネタが尽きてきたところだった。

 静かになったところで足元に注意を向けてみる。――石と石がこすれる音が小気味よい。体重が小さな石たちの上に伸し掛かる度に、足の下から逃げようとじんわりと小石たちが靴の下から移動するときに音がするのだと分かる。まるで災難から逃げ出す生き物のようだと、冷めた感想が出てくる。

 気を取り直し先に行くタモツの背を見る。――撮影をやめているので、今は二人で雑談しながらじゃらじゃらと音を立てながら先を歩いている。

 冷たい風が頬を撫でていく。――カメラを持つ手とは逆の手には大きな炎が灯る蝋燭がある。力強く灯ってくれており、ちょっとやそっとの風で消える様子はなかった。


「――やっと鳥居が増えてきた。そろそろ本殿につくな」


 先に行くタモツがそうこちらに声を掛けた。――暗闇にうっすらと現れる朱色の鳥居の数が増えてきた。鳥居と鳥居の間の間隔も徐々に狭まり、トンネルのようにも見えてくる。


「こういうところに何か隠しアイテムが落ちてたりするんだよね~」


「アイテムってなんだよ」


「そりゃあ、これから行く神社に関係するアイテムだよ。あと回復アイテム」


 イツキが蝋燭を掲げながら興味津々に鳥居の周りを調べながら進んでいる。――彼女の目には何かゲームのUIでも搭載されているのだろうか。何も持っていないはずの右手がマウスを握っているような形になりくるくると動かしていた。ゲーム好きだとは思っていたが、ここまで行動に現れるのかと呆れる。


「HPが削られるイベントでもあるのかよ。そういうのは勘弁してくれー」


「ここってただの縁結びだろ? HPが削られる要素なんてないだろ」


 タモツとケイジが口々に怪しい動きをするイツキへと抗議すれば、探索をやめたイツキが姿勢を直し鳥居の一本に手を当てこちらを振り返る。


「まぁ、よくあるゲームの展開だから忘れて。――賽櫻神社は羽衣伝説が元になってるんだって」


「はごろもでんせつ? ――あれか、ツナ缶の」


「馬鹿やろう。ツナ缶のは静岡県だからここじゃありませーん」


 タモツが何故ツナ缶の話をしたのかよく分からないが、間髪入れずにイツキが否定していることから何か元ネタがあるのか。


「それで、ハゴロモデンセツってなんだ?」


「知らないの? ――天女が下界に降りて空を飛べる羽衣を木に掛けて休んでいたら、村の男に見つかって一目ぼれされた上にその羽衣を隠されて帰れなくなるって話。行き場をなくした天女が羽衣を隠した男に行き場がないならって家を案内されて、絆されたのか数年後に子どもを数人作るんだよね」


 話の展開にケイジは顔をしかめた。タモツはイツキの話を聞き入ってるようで、興味深そうにうなずいている。


「だけど天界が恋しい天女はもう一度羽衣の話を男にすると、そいつが羽衣の場所を天女に教えて羽衣を取り返してようやく天界に帰れるって話だよ。……日本にもあちこちでその話が残ってるけど、世界にも同じような話が残ってるんだよね」


 すごくない? と嬉しそうにイツキが二人に同意を求めるが、初めて聞く話にピンとこなかった。


「中国だけだったら渡来した話だって分かるけどさ、アジアだけでなくヨーロッパ圏でも同じ話があるの。――実際に昔にそういうことがあったんじゃないかって思う訳よ。夢があるよね~」


「ただの胸糞話じゃんか。夢もなにもねぇ~」


「あはは、まあね、今の時代にそんなことしてるヤツがいたらすぐにポリスメン呼ぶわ。普通に窃盗に監禁だもんね。――お別れしても家は繫栄しましたで終わるし、完全に男の勝利だよね」


「え~、帰った天女を探しに行かないのかよー」


 身も蓋もない話に笑い合ながら、この場所でもう一度撮影を始めた。ちょうどいいネタをイツキが提供してくれたおかげで、タモツにもやる気が戻って来たのかトークにキレが出ていた。

 液晶の中で今のやり取りをひとりで演じるタモツを見る。――もし今の話が本当なら天女は恨まなかったのだろうか。元の場所に帰るための羽衣を隠されたこと、その盗人(ぬすっと)がいい人を演じ家に連れ帰った挙句にモノにされたこと。

 数年後に羽衣のありかを吐いて帰ることが出来たとしても、その数年間ずっと騙されていたというのに勝手に有難がって祀られていること。

 いや、――そんな話が世界のあちこちにあるなら、天女はそうなること(・・・・・・)を望んで人の前に現れていたということか?


「――いよいよ本殿が見えてきました。真っ暗ですねぇ、どうやら今日は俺が一番ノリだったみたいです~」


 タモツが堂々と蝋燭を持つ手を広げ、立ち並ぶ鳥居が終わった先へと足を踏み入れる。




  賽オウ神社≪サイ櫻ジンジャ≫へよこうそ――

   参道ヘ入るマエの場所に蝋燭がるあので、ソちをらどכֿかご持参下ちい。

 火はご用意がありすまので、どかうごシン配な<。

  足モトが悪い၈で、<れぐれも転ばぬうよお気をけᑐて

    参拝वるはの夜、暗い時カンでればああਡほどご利益があリすま

  あなた様が望む方はど၈ような人でレょう■

どכֿか良エ■に巡リ合いすまうよに

  サぁ、ɭ ɿららせレ■ㄝ――




 先に見えるのは月明かりに照らされた境内だ。――ここは簡素な手水場と、小柄な本殿の前に賽銭箱と鐘が置かれているだけの作りとなっている。

 彼の画角に入らないよう少し離れたところから、賽櫻神社を撮影してみる。ざわざわと木々の揺らめきと、静かな月明かりに照らされた神社が神聖な場所であることを示しているようだった。


「――ねぇ、本殿の裏も行かない? そこも撮っておこうよ」


 イツキが小さな声で話し掛けてきた。

 夕方にも見て回ったのだが、本殿の裏には天女が降り立ったという場所と羽衣を掛けていた木があった。――その木の陰はここからでも見えるが、昔の話だからだろう。非常に大きく成長をしており、ここに羽衣が掛かっていたと言われても、どうやって取るんだという感想しかでなかった。


「うーん、行っても多分木はカメラに入らないぞ」


「そんなの雰囲気でいいんだよ。雰囲気が大事」


 背中を押され問答無用で裏へと行くことになってしまった。タモツにあっちへ行くと指だけで指示をすれば、スマホに映りこまないようこちらに向いてひとり撮影をしてくれるようだった。


「こういうのって、先に参拝しなくていいのか?」


「タモツがした後にやればいいでしょ。一緒にやると時間かかってもったいない」


 蝋燭の火を大きく揺らしながら、建物の裏側へと行けばタモツの声が遠くなる。――裏に回っても人の気配はなく、静かそのものだった。

 天女が降り立ったという池の跡と、大きくもたくましく成長した木に向けてカメラを回す。どこか数秒でも動画になればいいだろう。――せっかくここまで来たのだからという思いも湧き、念入りに方々にカメラを回した。


 互いにやるべきことはやり尽くし、静かに合流した。タモツは動画のために先に本殿の側に蝋燭を置き、撮影をしながら参拝をしていたため、イツキとケイジが鐘を鳴らして柏手を打った。

 パン、パン――。

 イツキの柏手が周囲によく響いた。こんなにもいい音がするものなのかと、ペチペチとしか音がしなかった自分と心の中で比べた。どうやったらそんなにデカい音がするのか。


「――これでよし。さて、帰るか」


 タモツが置いた傍に三つの蝋燭が並んでいる。蝋燭は半分ほどの長さになっており、車に着く頃には消えるのかとなんとなく想像した。

 他の人の動画でも見たが、賽銭箱の奥、本殿の扉の前に置いているのだが、火のついた蝋燭をそのまま置いている。――不用心すぎるが、誰か待機でもしているんじゃないかと周囲を見回してみた。

 森の中で冷やされた風が通りすぎるだけで、この場にいる三人以外の気配はないように思えた。


「結局なんもなかったね。土曜だからもう少し人がいるかと思ったな」


「もっと遅い時間に皆来るんじゃないのか? 仮眠がてら車で待機してみてもいいかもしれないなぁ」


「帰るなら夜の方がいいんじゃない? 日中は日差しがキツイし、なにより高速料金が安くなる」


「あぁ~……確かに。サングラスでも持ってたら違ったんだろうけど、昼間に高速は走るもんじゃないな……。なら少し休んで帰ろう」


 イツキとタモツが二人で結論を出せば、異論もなかったので二人に賛成と伝えた。

 ちょっとした冒険はあっという間に終わりを迎え、三人は日常へと帰るため賽櫻神社を後にしたのだった。

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