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あかるい話

 車を出して小一時間、さっきいた場所に戻ってみれば周囲は真っ暗で、神社の名が刻まれた石碑の近くだけ蝋燭が置かれて灯りがあるだけだった。

 あまりの暗さに夕日に照らされていた景色が、全て黒いクレヨンで塗りつぶされているような底知れぬ気味の悪さが漂う。カメラを片手に持って、ひとまず周囲を写してみるが暗すぎて編集でどうにかなるかはなはだ疑問だ。


「これ、和蝋燭じゃん。雰囲気ある~」


 車から出て真っ先に灯りに近付くイツキが並んだ蝋燭を見ながら嬉しそうに声を上げていた。


「……ワロウソク?」 


 聞きなれない単語を復唱してみるも、よく分からなかった。


「知ってる蝋燭と違うけど、なにが違うんだ?」


 イツキの側へとタモツと行けば、木製の風よけのある台に火の灯っていない蝋燭が適当に積まれているのが見えた。上部が大きく、ゆるやかな曲線を描いている白い蝋燭がいくつも積まれているようだ。

 大きな蝋燭が木箱の奥で数本炎が灯っているのだが、大きく不自然に揺らめきその存在感を見せつけている。まるで意志を持っているかのようにも見えて思わず後ずさる。


「……なんでこんなに揺れてるんだ?」


「普通の蝋燭は糸が中心にあるからゆっくり小さく燃えるけど、これはイグサを使ってるから中心に空洞があるんだって。そのせいで風がなくても大きく燃えるし、炎が不自然に揺らめくんだって。面白くない?」


 イツキが説明しながら一本手に取って裏を見せてくれる。――確かに穴が開いているように見える。空気が入るからこんなにも大きく燃えるのかと分かり少し気を取り直す。


「この形、碇型っていうらしいよ。本物初めて見たな~。……あとほら、ここに蝋燭を持ち歩く用の台も用意してくれてる。――普段見る蝋賊と違って火の勢いが強いしすぐに燃え尽きちゃうみたい。しかも周りも植物で出来てるらしくて、結構お高いって聞くんだけど」


「一本100円だって」


 興味津々で手にした蝋燭や、周りの状況を見ているイツキにタモツがしれっと現実を突きつけてきた。指差す方向を見れば確かに『1本100円也』と紙に墨で書いてあるようだった。


「なんだ、無料でどうぞ、って話じゃないのか。……小銭あったかなぁ」


 ポケットにしまっていた財布を探し中を開いて見ると、10円、5円、1円と心許ない小銭たちが複数入っているだけだった。――両替機があれば話は変わるのにと顔を上げれば、イツキも似たような状況のようだった。


「もう、お前らなぁ……。って言っても俺も小銭が500円玉しかない。――ここでケチっても仕方ないから5本貰って行くか」


「ありがと~!」


「お前の為じゃないわっ! 途中で灯りが消えても困るし、まぁ仕方ない出費だと思えば……」


 イツキが余分にもらえると分かれば、大げさにタモツに礼を言いながら蝋燭をボディバッグに入れていた。タモツが小箱に500円玉を入れれば、他にも小銭が入っているのかお金の音がチャリンと響き、連日人が来ていることがよく分かる。

 誰かが暗い時間になると、わざわざこんなものを設置しに来ているのだろうか。人の手が入っていることにほっとする心が戻って来た。

 詰まれた蝋燭の山から一本取ってみれば、ひんやりとした冷たさが手先から伝わる。握るには心許ない太さだが、15センチ以上はあるだろうか、かなり大きい蝋燭だ。――これが1本100円というのは太っ腹だろう。寺なんか行くともっと小さい、つまむ程度のサイズしかない蝋燭が一本100円だったりするのだから。

 火の灯る蝋燭は相変わらず風がある訳でもなく、大きく燃え上がりながらゆらゆらと揺らめいている。――おかげでこの蝋燭台の近くは随分と明るく、ここだけ夕焼けに染まる景色が取り残されているようだった。

 灯りに照らされてオレンジ色に見えるが、元は白いのだろう。つやつやとした触り心地が指先に伝わる。

 最初は不気味だと思っていたが、こういうものなら蝋燭を持って歩くのもそれほど嫌なものじゃないかもしれない。

 イツキが持つタイプの蝋燭台を手に、こちらの手にある蝋燭を受け取ろうと手の平を出してきた。


「じゃ、カメラの準備よろしくね」


 タモツもスマホを自撮り棒につけ準備をしていた。蝋燭を手渡し、ハンディタイプのカメラを起動し準備する。


「……これってここからみんな火を付けなきゃダメだと思う?」


 三人分の蝋燭を用意しようとしていたが、ふと何かに気付いたようで二人に尋ねてきた。タモツは実況者として持つべきだとしても、イツキとケイジは別にカメラに入るべき人物ではない。

 これだけ明るさのある蝋燭だ。三人それぞれが持てば安心できそうだが、画面にとってノイズになりそうな気配に三人が黙った。


「……もしタモツが持つ蝋燭の火が消えたら面倒だから、俺が一本持つよ。イツキは脅かし役も兼ねてるから持たなくてもいいんじゃないか」


「しょうがない。あんたら男子二人に良縁を譲ってやろう。――後であんたたちに何が起こるか観察するしかないね」


 眼鏡がずれたようで位置を直しながら、イツキが冷やかし半分でそう言った。


「……俺ら実験動物(モルモット)かよ」


「楽しみだなぁ。――でもこういう場合アタシもルールを破った人間ってことで消されたりしない? ……やっぱり持っていい? なるべくタモツのカメラに入らないようにするからさ」


 余裕のある表情から徐々に不安になったのか、片付けようとした蝋燭台を三人分用意している。


「そんな物騒な話じゃなかっただろ」


 普段から余裕のありそうな態度のイツキが、慌てているのは少し面白いと思ってしまう。コイツにもこんな可愛らしいところがあったようだ。


「ケイジ知らないの? 最近行方不明者が増えてるって。――消えた配信者はいないけど、SNSで更新が止まって身内が捜索願いを出してるとか、賽櫻神社のコメント欄にメッセージ残してそのまま行方知れずになった人がいるらしいよ」


「聞いたことないな……。――別に忙しくなってログインしなくなったとかじゃないのかよ。SNSもそういう仕込みだったりして?」


「そうだよ。だいたい参拝した配信者が残ってて他の人が消えるっておかしいだろう? 今頃別アカウント作って普通にそいつも楽しくやってるって。――それに不穏な噂があるなら誰か動画にしてるだろうし、そういうのはまだ見たことがない。たまたま家出と重なっただけじゃないのか」


 石碑の隣は相変わらず真っ黒でこの先に行く事を思うと少し心許なさがあるが、大きな炎が堂々と燃える様はなんだか安心感がある。それに行くのはひとりじゃない。彼らとこの蝋燭が一緒ならこの先も行けるだろう。


「それか、『運命の人』とやらと駆け落ちしたか」


「忘れてたけどそっちの可能性もあるか~」


 タモツが悪戯っぽく言うと、納得したのかイツキも普段の落ち着きが戻って来る。――いつもと違い自然しかない空間に心が乱されたが、いつものメンバーならすぐにいつもと同じ調子に戻って来れる。

 二人の変わらぬ態度にほっと胸を撫でおろし、それぞれ準備が整う。


「――さてと、噂の夜の賽櫻神社へと向かってみますか」


 タモツの仕切りにおーと力なく掛け声を二人で上げれば、夕方下見に行った場所へと再度向かった。


 煌々と燃える蝋燭を一本(かざ)しても周囲はそれほど明るくならないが、タモツとイツキがそれぞれ持っているから三人の側はそれなりの明るさがあった。

 風はなくても木々がこすり合いざわざわと微かな音を立てている。身を寄せ合う自分たちのようだと思えば、この暗闇も寒さも丁度良く、新しいコンテンツに触れる時の楽しい気持ちが心中に満ちて来る。


「いや~……、雰囲気あるなぁ」


 苦々しくタモツが呟いている。――まだ鳥居につかないので、タモツはカメラは回してない。参道を渡るところから撮影する予定だからだ。ケイジだけがカメラを回し、彼の後ろ姿を引きで撮っている。

 夕方歩いてみたが、入口の石碑のところから神社まで片道10分ちょっとあれば辿り着く程度の距離だった。

 一度通った道なのだ。先が分かっているからこそ別に怖さもなかった。


「ジェイソンとか出てきたらどうしよう」


「馬鹿かな? ここは日本だぞ。洋物はお門違いだろ」


「なら、天狗面とか般若の面を付けた不審人物来ないかなぁ」


「それ、作品の傾向変わってないか?」


「あはは、ちょうど最近見返しててね。少年漫画の熱い展開は何度見ても熱くなるんだからすごいよね」


 三人で下らない話に興じていれば、やっとあの剥げて地肌が見えている朱色の鳥居の側までやってくる。


「いい画が撮れますように――。じゃあ、こっから実況始めるから、イツキはケイジの側に行ってろよ」


 間延びした返事をタモツに返し、彼はスマホで撮影を始めた。タモツのカメラに入らないよう正面へと移動し、同じように彼を撮影する。――スマホの映像とカメラの映像を組み合わせるためだ。距離の近いスマホで臨場感を、離れた位置からの撮影で周囲の雰囲気をそれぞれ撮って、疑似ドキュメンタリー(モニュメンタリー)風に撮影するつもりだ。


「――どうもっ! モッタチャンネルのモッタでーす。今夜は話題の賽櫻神社へとやってきました~。視聴者さんも噂くらいは聞いたことがあるでしょうけど、実際どうなの? と思って実際にこの目で見に行くことにしました――」


 何か納得がいかないのか、もう一度タモツが同じ導入を撮影し始めた。――生配信ではないので何度でもやり直しが出来るのが強みだろう。

 鳥居の下を通りながら、軽快なトークと共にこの場の空気を伝えるために身振り手振り、顔の表情でいかに薄暗くて雰囲気のある場所なのか説明している。

 ひとりしかしゃべっていないが、視聴者の興味が引けるようずっとしゃべり続けるタモツの声の賑やかさが周囲へと響き渡る。――もし後から同じような目的で人が来ていれば、すぐに誰か撮影しているということが分かるだろう。

 そうなると出会うのは難しいかもなと、画面中央にいるタモツを見ながら考えた。




   賽櫻神社≪サイオウジンジャ≫へよこうそ――

   参道へ人る前の場所に蝋燭があるので、そさらをどうかご持参下ちい。

   火はご用意がありますので、どうかご心配な<。

   足元が悪いので、<れぐれも転ばぬようお気をᑐけて。

   参拝するのは夜、暗い時間であればあਡほどご利益があります。

   あなた様が望む方はどのような人でレょうか。

   どכֿか良縁に巡り合いますように。

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