ノウード・タウン【4】
「メグ、オレに掴まれ」
本来の姿というところの黒ジャガーたる弥七は、徐ろに私に向かってそう言うと、私がその筋肉質の壮美な黒い躰に抱きつくと同時に、
「清流浄化!」
と低い声でひと吼えしたかと思うと、不意に塗り込められたような闇の四方八方から地鳴りのような音がし始める。
何か来る───
ザァアァアァ…………… !!
魔杖の柄頭から発せられているトーチ魔法の薄明かりに怒濤が迫ってくるのが見えたかと思うと、一気に私達はその波に飲み込まれた。
驚く間もなかった。
上下左右から錐揉み状に襲い来る波に、私は目をきつく閉じ、為す術なくただただ必死に黒い大きなネコ科の使い魔にしがみつくしかない。
息が………詰まる……………!
あまりの息苦しさにやがて手の力が抜けてゆき、ずるずると弥七の下半身の方にずれてゆくのが判った。
もう、駄目だ───
私がそう観念した次の瞬間、
「聖光を、満たせ!」
再び低くよく通る渋い声がそう吼える。
それと同時にこの空間を覆っていたずっしりとした質量すら感じる暗黒が、一気に鮮烈な光によって切り裂かれてゆくのが見えた。
ま、眩しっ………。
白く爽やかな光明と共に、この場にあった重った苦しい空気感までが一気に払拭されてゆく。
気づけばあの猛烈な波濤もすっかり消え去り、辺りは白い静けさに満ちていた。
そこでようやく、自分が弥七に凭れかかって座り込んでいる事に気づき、津波のような水流に巻き込まれなかった事に胸を撫で下ろす。
それどころか、あの荒波に散々洗われたはずなのに私達は濡れてすらいなかった───とは言え、この魔法が当たり前な世界では、それを不思議と考える事すら不粋以外の何ものでもないのだろう。
「大丈夫か、メグ?」
私の使い魔たる黒ジャガーは僅かに私を振り返り、短めの尻尾を使って私の背中をぽんぽんと叩いてきた。
その感触に懐かしさを覚えながら私は薄く微笑み、弥七の綺麗な梅花紋柄の入った少しごわごわする黒い体毛を右手で数度さすってやる。
「何とか大丈夫」
私はそう言うと、改めて周りをぐるりと見回した。
「………でもここって、同じ場所なの?」
今度は真白な闇が私達を迎えていた。
神々しさすら感じさせる程の明るい白さだ。
上下左右どこを見ても純白───
自分達の影すら見えない。
平衡感覚がおかしくなるほどの、ある意味真っ暗闇の時以上の不確かさだった。
「オレは移動してないし、メグだって何もしてないだろ?」
「そんな余裕あったと思う?」
つか、あったとて、私は移動魔法なんてまだまともに使えないし、間違って発動させてもとんでもない場所に飛ばされてしまうのがオチなんだろうし………言ってて自分で悲しくなるのはやめよう。
私は黒い従魔の大きな背中に頼りながらゆっくりと立ち上がり、魔杖の柄頭の不必要になったトーチ魔法を消す。
「だな。誰かに移動させられたっていう魔力の痕跡も感じられなかったし、同じ場所だと思って間違いないだろう」
「この白さって、弥七っつぁんの魔法のせい?」
「んな訳ないだろが。ただの浄化魔法だぞ」
「そっかー……ただの、ね」
その黒い使い魔の言葉に、ただ単純に気が遠くなる。
じゃあ、どうやって目的の書物を見つけて、どうやってここから脱出するか───そもそもバレてないのか?
「……あっ」
そこで弥七が何か思い出したのか変な声を上げた。
それに思わずびくりと反応する。
「───何かあったの?」
「いや、リワから渡すように言われてた物があったの忘れてた」
このタイミングで言う!?
眉間に皺を寄せる私に構わず、弥七は平然とした態度で言葉を続ける。
「手ぇ出せ」
手?
私は仕方なくそのまま黒ジャガーの前に行き、左掌を差し出して一言───
「お手」
「………阿呆か。オレ様は犬っコロじゃねーぞ───つか、この状況で意外に余裕あるな、メグ。いいから手の甲を出せ」
ったく、何なのよ!
どっちが主人なんだか、と内心むっとしながら私は言われた通りに手の甲を出す。
そりゃ、ここに至るまでほぼおかしな目にしか遭ってないんだから、おかしな度胸も余裕もあるさ───!
「厄災回避、守護結界、無我愛の恵投」
私の使い魔たる黒ジャガーの渋い良い声が再度詠唱すると、差し出した私の手の甲に蛍光色の青白い光が印章となって浮かび上がる。
んなっ………何じゃこりゃ───!?
そして気づけば自分の左手の甲に、直径3cmほどの大きくて玲瓏とした輝きを放つ石が貼りついていた。
また修正しまくるかもですが、何とぞよしなに願います
【’24/04/28 加筆修正しました】
【’24/05/04 微修正しました】
【’25/01/07 誤字修正改行調整してます】




