アイシュール【8】
急に現れた背後の異様な圧迫感に息苦しさを覚える。
この場所だけ急に重力が増したようだった。
それどころか俄に冷気まで漂い始める。
一気に全身が粟立ってくる。
先ほどまでの変な勢いはどこへやら───底なしの恐怖心が私の四肢を支配し、振り返る事すら出来ない。
ヤヴァい………懲らしめる前に、私が懲らしめられるかも。
先ほど同様、気配が感じられなかったのは勿論、もしかすると端から私の傍にいたのではないかと錯覚するほど近くから無言の恫喝を肌で感じ、目が覚めた状態で金縛りに遭っていた───いや、相手が相手なので、もしかすると何かの術をかけられている可能性もあるが、正直、今の未熟な私にはその違いは判らない。
実は寝ていて金縛りに遭うこと自体はよくあった。
そして俗に「お化け」とか言われているトコロの、霊とかいう存在(?)もよく視ていた。
それは里和ちゃんも知っている私の事実だ。
だからこの世界に来てからも、そのせいで世界樹や精霊系のアリカントなんかが自分には視えていたのだろうと、個人的には勝手にそう思っている。
今やそこら辺にごろごろしているそのテの元人間は特に怖くはなくなっていた───全くとはいかないけど。
視えていても特に何もしない場合も多いし、厄介なのはしつこい場合や身体的に実害がある時だけだ。
とにかく一番怖いのは、そういう意味でも生きている人間なのだし。
とは言え、その最たる相手と遭遇してしまったのが今な訳で。
この邪悪な気配……本当に人間なのだろうか?
この感じはまるで、アールヴヘイムとイティプ・アプクの魔鉱山で遭遇した悪霊に似ていた。
もしかすると───
そんな私の反応に、背後の猾悪な存在がくつくつと喉の奥で愉快そうに笑いだした。
「これだから、魔法使いリワのまわりは面白い。こんなおかしな連中ばかりが集まって来るんだからね。最初はアイシュールの皇帝に君を献上しようかと思っていたんだが……あの変態にやるには勿体ない結構な魔力を持ってるからな、マーガレットさんは───それじゃ、行こうか」
その聞き覚えのあるヤケに明るい調子の声の主は、徐ろに背後から私の体を抱き締めてくる。
ぎゃっ!?
この痴漢野郎!!
触んな───!
やたら荒く生温い鼻息が頭上から降り掛かってくる。
途端に私はその嫌悪感と不快感で身を固くし、動揺で変な汗がぶわっと吹き出るのを覚えた。
私にとってはただただ迷惑極まりない、目糞鼻糞的な話でしかない。
どうやって逃げようかとひたすら考えをぐるぐると巡らせていた。
「い、や……だ………!」
激しい窒息感を押し退け、どうにか声を絞り出す。
すると背後の魔術士と思しき人物が、ほう、と妙に感心したような声を上げる。
「この私にこれだけ抵抗してくるとは───!」
その言葉で私は妙にカチーンとくる。
何なの、この人?
人苦しでるの見て喜んでる───
何様か知らないけど、マジむかつく………!
そう思った途端、私の中で何かが弾け飛んだ。
………サーシャを、か・え・せ!
私の胸元から強烈な光が迸り出る。
すると、私の口から堰を切ったように淀みなく本気の詠唱が飛び出した。
「警告───軍神テュールよ! 彼の者に、繰り返せ、予期せぬ事象を、善き心を以て、誰も知らない未来を───!!」
間髪入れず私達の足元に赤い魔法陣が浮かび上がり、そこから褐色の肌で金髪の魔術士、マイケル・ファーマンがヤケににこやかな笑顔で出現した。
心なしか本体よりスマートで爽やかに見える。
「なっ……!?」
背後の人物が動揺する気配が伝わってくる。
そこで私は更に駄目押しした。
「魔術士、マイケル・ファーマンの分身に我は命ず───傲慢不遜たる彼の者を己が自身に負けを認むるまで常住坐臥、常しえに攻撃せよ!」
ファーマンの分身は私のその言葉に恭しく頭を垂れると、奥目がちな双眸をターキーレッドに輝かせ首肯する。
「御意───主の御心のままに」
睡魔せん……また後ほど続き書かせて下さい
一部加筆修正してます
【’24/03/20】遅遅加筆修正ました
もう雪が降りませんように
ルーンは毎度雰囲気だけです……すみません
【’24/03/28】加筆修正しました




