アイシュール【6】
声を掛けられるまで全く気配を感じなかった。
そこにはダンディと呼んで差し支えない、彫りが深く奥目がちな容貌の男性が、カイル氏に殴られ気を失っているサーシャを抱き上げながら、やけににこやかな笑顔を見せつつ立っていた。
エボニーブラウンのピークドラペルのタイトなスーツをスタイリッシュに着こなし、足元には黒革のカントリーブーツ、ダークブロンドのツーブロックヘアをふんわりとしたオールバックにしている。
一見スレンダーに見えるがスーツの上からでも胸板の厚みや二の腕の筋肉質なのが窺われ、更に身長は2m近くはあるだろうか、何せ180cmは優にあるサーシャを軽々と抱いているのだ。
って、サーシャを連れて行くって、一体───まさか!?
「あなたが魔術士、マイケル・ファーマンさん?」
私は黒髪の青年から離れ、いきなり現れた目の前の不可思議な雰囲気の紳士に思わず声を掛ける。
するとそんな私を見て、カイル氏は慌てた様子で自分が纏っていた黒のフードつきマントを脱いで私の体を覆った。
背後からそれ以上怪しい男に近づかないよう牽制するかのように。
「おやおや、このブラックドラゴンは随分と口が軽いみたいだな。また再教育し直さないといけないね───それとも、君達がまたこの竜を唆してくれたのかな?」
私にそう指摘されても特にどうとは思っていない風情で、マイケル・ファーマンらしき紳士はこちらに向き直ると、突如、彼のまわりの空間に無数の不気味な黒炎を浮かび上がらせた。
そして次の瞬間、オックスブラッドの双眼が光ったかと思うと、激烈な威圧感と共に凄まじい勢いで私達に向って黒炎の礫を撃ち込んでくる。
それとほぼ同時に、私の背後にいた黒髪の青年は前に飛び出し、ダークブロンドの紳士に背を向け私を庇う。
私はそれに目を剥き、咄嗟にカイル氏を抱き留める形で両手を前に突き出して反射的にこう叫んでいた。
「水竜ナッカーよ、円かなる深淵より出でて我らを冥き焰の飛礫より守護せよ───!」
すると私達の眼前の床に蛍光ブルーの印章が浮かび上がり、そこから猛烈な勢いでセルリアンブルーの巨大な長蛇状の翼竜が水飛沫と共に飛び出し、私達のまわりを囲みながら水壁を張り巡らしてゆく。
そこへ黒い楔と化した黒炎が次々と吸い込まれるようにして消滅していった。
私を庇ってくれた黒髪の青年は珍しく、啞然とした表情でその様子を眺め、私に視線が戻る頃にはいつも通りの呆れ顔に戻っていた。
毎度まぐれで魔法を発動させているとは言え、たまには感謝してくれても罰は当たらないと思うんだけど……ま、たまにまともに魔法を発動させてる程度じゃ、美女エルフの所業───もとい、数々の魔法での偉業を目の当たりにしている人相手じゃ仕方ないか。
しかしそんな事実を知らないダークブロンドの紳士は、それを見て気障ったらしく軽く口笛を吹いた。
「へぇ、思った以上にやるね。悪い芽は早いうちに摘んでおかないとな───綺麗で清らかな花は特に、私たちには猛毒だからね」
ファーマン某は酷虐そうな薄い唇をニヒルに歪ませ、再び無詠唱でカントリーブーツの足元付近に赤い光の大きな印章を浮かび上がらせる。
次に赤黒い煙と共にそこから現れたものは、鷲のような大きな翼を生やした垂れ耳で毛むくじゃらの、異様にとび出たギョロ目を有した朽葉色の巨大な犬だった。
口から覗く牙は黄色がかり、涎が糸を引いて常に垂れ落ち、四肢には黒く鋭い鉤爪が獲物を切り裂くのを待ちわびていた。
「カーシモラル、後は任せたよ。それと、私達を見えなくしてくれ」
その言葉とほぼ同時に、サーシャを抱くダークブロンドの紳士の姿がゆらっと揺らめいたかと思うと、そのまま幽霊の如く掻き消えた。
───サーシャ!
「それでは、君たちが生きていたらまた会おう───!」
何、そのひと昔前の安っぽい悪役的な台詞!?
めっちゃムカつくんですけど!
「絶っ……対、生き残ってサーシャ助ける!」
私は珍しく地味に怒髪天していた。
悪魔沼と言うか、地獄に堕ちてます
って言うか、投稿するのに時間がかかってしまった……
【’24/03/16】
地味にちまちましょっちゅう改稿修正しててすみません
【’24/03/17 重複表現修正してます】
【’24/12/04 少々加筆しました】




