ティル・ナ・ノーグ【4】
「あー、放置しちゃったね、ヴィンさん。もう、こうなったら居てもらった方が助かるよ〜」
里和ちゃんと思しきエルフは多少辟易したようにそう嘆訴すると、蝶番が軋むような音と共に誰かが室内に入ってくる靴音が響いてくる。
「さっきまで眼の前で話してたかと思えば、いきなり予告なくいなくなるのは大概にして欲しいんだけどな。今回は君の様子ですぐ居場所の見当がついたから良かったものの……」
その足音が私の傍らで止まると、今度は頭上から息を飲む気配がしてきた。
「それにしても……メグの、意識が本当に戻るとは───リワの御業には何度も驚かされる」
……メグ?
その典雅な音楽に似たテノールの声に聞き惚れながら、内心誰の事かと首を傾げる。
「イヤ、ソレはマーガレットじゃ───彼女の魂は残念ながら、もう……それに香月とメグさんとじゃ月とスッポンで」
え゛、それって私の体?
何で知らない美少女と比べられて、まだ信じきれてないこのエルフの里和ちゃんにdisられにゃならんの……。
その上中身まで美しかったんスね、そのメグさんは───スミマセンね、下賤の魂が入ってしまったみたいで。
っつか、私だって好きでマーガレットさんだかの中にいる訳じゃあ───
そう思いながら彼女の隣に佇む美声の主の方に視線を移すと、次は私が目を見開いたまま硬直して息を飲む番だった。
うっわ……何、この美形の出血大サービスは!?
豪奢な金髪ロングのさらさらヘアに、優しげな弧を描く細めの金眉、サファイアをはめ込んだような綺麗な二重の青い瞳がその白い細面で輝きを放っていた。
そのなよやかさすら感じる細身にはどこぞの貴族よろしく、私から見ても仕立ての良さそうな純白のキャバリアブラウスにウェストコート、細身のボトムに黒革のニーレングスブーツ、金糸で装飾を施された白のジュストコールを身に纏っている。
身長は里和ちゃんと思しきエルフより頭一つ大きい───いや、彼女が小さいのか?
「……うん、判ってはいるんだけど、妹は400年以上眠り続けてたんだ。諦めかけてた時にこんな事が起きてしまうと、ね……ホント君は偉大な女魔法使いだよ」
「でも、あたし神様じゃないから……ホントなら本人を呼び戻せれば良かったんだけど、彼女はもう喜びの原に溶けてしまってたから───あたしが出来たのは、自分がいた世界から友人を彼女の中に呼び寄せたぐらいで」
ぐらいでって、そのぐらいで私は貴方に殺された挙句にこの有様なんでしょうか……?
つか、400年って!?
その理不尽な言葉の応酬に流石の私も愕然とし、あっけらかんと非道な事を言う相手の顔をまじまじと見た。
このおかしな状況にようやく、沸々とした怒りの感情がこみ上げ始めていた。
「……いい加減私にも説明してくんない? つか、それってかなり酷い言い種だよね」
「だって香月、あたしとの約束、破ったよね?」
「約束?」
「うわ、やっぱり忘れてる……! どっちが酷いんだか」
「だからってやっていい事と悪い事が……!」
「これはやっていい事なの!」
───それ、何基準?
想像以上の美女エルフの剣幕に、思わず私は呆気にとられたまま口を噤んでしまっていた。
それ赦される世界なのか、ココって……。
一気に背筋が凍る。
次は怪物の生贄にされる、とかないよ、ね……?
いやいや、自分で阿呆なフラグ立ててどうする!
「それってつまり、人殺しすら無問題な怖い世界で、私に復讐するために……?」
「……君ねぇ。さっきからあたしを殺人鬼みたいに───」
「私を刺殺した」
「だから、してないって! 君、こうして生きてるよね?」
「私の体じゃないし……」
「完璧を求めるんじゃない!」
「イヤ何、その理論の破綻は!?」
「あたしは全然論理的ですが、何か?」
それまで興味深そうに事の成り行きを黙って見守っていた婉美なエルフが盛大に吹き出した。
その外見に似つかわしくない豪快な笑いっぷりに勢いを削がれ、私は二の句が継げずにいた。
里和ちゃんと思しきエルフは憮然としている。
「ふふっ……何だか苦労してるみたいだね。リワはある程度こちら側の記憶が戻ってたから、割とあっさり現状を受け入れてくれてたけど───」
「だって、あたしみたいなのはホントだったら、こっち側に来たら前の記憶が消えてしまうんでしょ? あたしだってこっちに戻って来た時は、それなりに混乱はしてたんだけど」
「まあ、僕らみたいなのは珍しいケースだからね。その割には戻ってきてすぐ、楽しそうに魔法撃ちまくってたみたいだけど?」
こらこら、私を無視してあっちこっちそっちこっちの話をしてるんじゃない!
「じゃ、皆心配してるんで、そろそろこちらに呼んでもいいかい?」
え、皆 ⁉
これ以上誰が来るんだ?
自業自得ですが大風呂敷を広げ過ぎて頭が雲丹です
ナンチャラ神話系は沼過ぎる……
そんな訳でまた後日修正しまくるかもです……ははははは
['23/12/02 誤字脱字追加修正]
【'24/01/01 02:49 地味に修正】
【’25/01/20 微修正】