イティプ・アプク【3】
何、あれ……?
私は思わず息を呑んで後退りし、そのままサーシャの左袖を掴んでしまっていた。
大型犬ぐらいの大きさの奇怪な甲殻を持った魔物が、坑道の壁からこちらをそっと覗いているかの様に佇立している。
ヤシガニに似た身体に花咲ガニのような無数のトゲを纏い、若干細めのハサミをこれ見よがしに掲げ、その頭には角のようなトゲらしきものがあり、それを挟むようにして有茎の目が赤く奇しげに光っていた。
「さ、サーシャ……」
「あれ、見た事ある。確か、ババイとかいう地下によく出る魔物だよ。そっか、こいつら相手じゃ里和たちが苦戦するの当たり前だ」
後から聞いた話だが、ババイはなかなか面倒臭い魔物らしく、硬い金属のような甲羅で身を守り、同じく強力な両手のハサミで連続的に攻撃をし、手足やハサミなど体の一部を切り落とされても何度も再生するという。
こちらが一方的に強力な攻撃をすると闇に紛れて姿を消したり、周囲の風景に擬態し、そこに女王ババイがいれば仲間を際限なく呼び続けるのでとにかく倒すのが厳しくなるらしい。
しかしその時の私達はと言えば、美女エルフに置いてけぼりにされてほぼ丸腰の状態。
「ど、どうすんの?」
私がおたおたしながら妙に落ち着き払っている茶髪の青年に訊くと、不意に彼のお腹が盛大に鳴った。
え………何、その緊張感のない音は?
俄にうなだれて元気が無くなるサーシャ。
「お腹空いた………」
「サーシャ!」
流石の私も呆れて苦笑いのまま思わず彼の名前を叫んでしまっていた。
この緊急時にそれは無かろう……。
ところが私の叫びが合図になってしまったのか、ババイが強烈な金属音を立ててこちらに迫ってくる。
わーーーーーっ!!
すると当然のように茶髪の青年は私の前に出て、両手でガッとババイの両方のハサミを捕まえると、そのまま物理的にあり得ないほどの大口を開けて飲み込んでしまった。
えっ?
えっ…………………??
ぎゃーーーーーーーっ!?
その顔で、蜥蜴喰うかや、不如帰………。
「サーシャ、それ、好きな子の前でやらない方がいいよ」
「えー、何で?」
「すっごく不細工な顔になるから」
普段サーシャってば結構イケメン君な分、あの食事風景は千年の恋も冷める感じだよ……本気で。
「そんな事言われてもなぁ。ボクお腹空いてるし」
「あ、私の前では気にせず、どんどん食べてくれちゃって大丈夫大丈夫、無問題」
どっちかって言うと面白いものを見せてもらえた感じで。
だから里和ちゃん、サーシャ連れてきたかったのかも。
すると茶髪の青年は不服そうな表情になる。
「それって───」
「それよりあんな硬そうな魔物、食べちゃって平気なの? 毒とかないの?」
「ボク、毒耐性はモノにもよるけど、あるから平気。硬くても、胃袋3つあるから大丈夫」
………牛?
牛は4つか。
黒い火竜は雑食っぽいから、草食動物の反芻とかはないのかな?
いや、それより───
「サーシャ、まさか、人間とかは?」
私は急に恐い考えに至り、訊かずにいられなかった。
炎瑪瑙の双眸が妖しげな光を湛えて見つめてくる。
「メグっち、ボクに食べられたい?」
「………」
意味合いが違って聞こえるのは気のせいだろうか?
【’24/02/15 23:45 誤字等訂正追記しました】
【’24/02/16 19:54 誤字等訂正追記しました】




