ティル・ナ・ノーグ【2】
心の準備がないままに入ってきた相手に、思わずびくっとして反射的に身を起こそうとするが、途端に全身に訳の判らない激痛が雷撃を受けたみたいに走った。
いっ……!?
悶絶したままその痛みに耐えていると、背後から呆れたような声が降ってくる。
「まだ無理しちゃ駄目だよー。香月病み上がりだし、無理矢理こっちに引っ張ってきちゃったからさー。この君の体、まだ君に慣れてないんだよ」
うえっ!?
その言葉に絶句したまま、顰めた顔で声の主に視線を移した。
だから、アンタ誰よ……?
そこには見覚えのある精美な姿があった。
クリアな耀きを放つ紫水晶の双眸が私を見下ろしている。
今回はその銀糸の輝きを有したロングヘアを逆三編みにして左肩口から垂らし、淡いピンクの組み紐で軽く巻いたように結んであった。
その髪から覗く耳先はやはり尖っている。
紛うこと無きエルフだ。
以前見た時と同じ浮世離れした美女。
ただその小柄な体には、丈が長めの白のパフスリーブのブラウスにウエストマークされた太めの革のベルト、ボトムはデニム生地に似た細身のスラックスを履いており、膝丈の革のレースアップらしきブーツが見える。
この娟雅なエルフの彼女が誰なのか薄々気づいてはいたが、万が一って事もある訳で───
すると沈黙したままで仏頂面になっている私に気づいた相手が、思ったよりも困った様子で口を開いた。
「……もしかして、怒ってる?」
「……っつーか、今回は心読まないの? つか、貴方誰なんですか?」
「えっ……!? あ、ゴメン! そっか、判らないよね……里和だよ。咲良田里和! 久しぶり!」
……やっぱり。
何故か声はあんま変わらないんだな、と思っていると、自称・咲良田里和と名乗ったエルフは、人の好さそうな笑顔でにぱっと笑った。
私はどきりとした。
正しくその笑顔は里和ちゃんの面影のある笑い方だったからだ。
「因みにあたし、心は読めないよ? あれは時空の狭間───アストラル空間だったから……ちょっと特殊な状況なんだ」
顔は全然違うんだけどなぁ……。
そう思って深く溜息をついていると、自称・里和ちゃんのエルフは独り言ちるように言葉を続けてからその私の反応にキョトン顔になった。
そんな表情も鬼可愛いのだから、エルフってホント得だなとつくづく思う。
「あんま驚かないんだね?」
「残念ながら、私はまだ夢だと思ってる」
「えー!? 夢じゃないよ〜!」
阿呆か、そんなんで誰が信じる?
これはまだ夢の続きを見てるんだ。
それじゃなきゃ、ただの白昼夢───早く目覚めろ、私!
定石の目を瞑って頬をつねってみる。
……普通に痛い。
目を開けてみる。
もしかすると目が覚めてるかも知れない。
不思議そうに覗く美人エルフが見える。
うぬぬぬぬぬ……。
まだ足りないか。
私が唸りながら矢庭に右手を振り上げた時だった。
「ちょっと! 何やってんの!!」
慌てた様子で里和ちゃんと思しきエルフはその私の手首を掴んだ。
「いや、起きなきゃなんで」
「イヤ、そんな事しても意味無いから!」
「……じゃあ、どうやって起きればいいの?」
「どうって、香月……やっぱあたしがした事怒ってるんでしょ?」
「……じゃ、億歩譲って、私に何してくれちゃった訳?」
「香月がいぢわるだぁ〜」
誰が意地悪だ。
意味判らん。
わざとらしく泣き真似をしてチラリと横目で私を見る相手に、思い切りウンザリした表情であからさまに嘆息する。
里和ちゃんってこんなヒトだったっけ?
寧ろ真逆だったはず……。
こうなると益々違う気がしてくる。
混乱したまま脳みそが溶けて耳から流れ出てくる心境だ。
泣きたいのはこっちだよ。
「……じゃ、単刀直入に───まだ信じてる訳じゃないけど、何で私を殺したの?」
['23/12/01 加筆修正]
登場人物増えそうなので微調整しました