アイラーツァ【3】
私の前にいた黒髪の青年から黒い煙のような怒りのオーラが立ち上った。
「その手を放せ」
低い声でそう言ったかと思うと、私の腕を掴んでいた毛深い髭面の男の腕をガッと掴む。
その瞳からはギラギラした緑の鋭い眼光が放たれ、その圧で一瞬にして場の空気が変わってしまっていた。
それだけでプロレスラーみたいな体の髭面の男は情けない悲鳴を上げ、私の腕からぱっと手を放した。
痛みを覚えるほど強く握られていたので、解放されて私は心底ほっとする。
すると私達を取り囲んでいた筋肉の壁のような連中が俄に色めき立つ。
そこですかさず私の背後にいたサーシャが私を庇うように前に出た。
うわー、マジで私が原因だったのか……。
熊みたいな男に掴まれていた腕を摩りながら、この二人がいなかったらと思うとその恐怖で変な汗が滲んでくるのを覚えた。
でもこれがこの世界の現実───ちゃんと自覚して周りに迷惑かけないようにしなければ───って、普通に歩いてただけの私、本当は全然悪くないのに何で私が反省せねばならんのだ、とも思う。
とは言え今はそれどころじゃない。
理屈が通じる相手ではないのだ。
空気がピンと張りつめ、どちらかが少しでも動けば一気に戦闘開始になる。
このままだと大乱闘は必須だ。
エシラで里和ちゃん達と合流するまでは、なるべく目立たないようにしなければならなかったのだが……。
「あっ、あの……!」
いつの間にか大男達の背後に出来ていた野次馬の人垣から、不意に聞き覚えのあるソプラノのアニメ声が飛んできた。
この声は───
「皆さん迷惑されてます。もうこの辺にされてはいかがでしょう? これ以上あのエルフさんに手を出されると、アシレマのグロスマン財団が黙っていないみたいですよ」
その少女の声に野次馬がざわめき始める。
え、グロスマン財団?
そんな話初耳なんですが……。
しかしそのアニメ声の少女の言葉を聞いた途端、猛獣のような連中のドス黒かった表情に動揺の色が走った。
「アニキ、グロスマンに楯突くとマズいですぜ」
「………」
そして髭面の熊みたいな男は忌々しげにペッと脇に唾を吐くと、私達を睨めつけるように一瞥してから黙ってそのまま背を向けた。
その三下みたいな連中は、残念そうに私に視線を向けてからその熊男の後を追うようにして去ってゆく。
するとそれと入れ替わるようにして人垣を割り、一人の紫紺色の魔導服姿の少女が現れる。
右手には見覚えのある、小柄な彼女の身長ほどの魔杖を抱えていた。
「遅くなりまして。お迎えにあがりました」
幼さの残る褐色の容貌に黄水晶色の大きな瞳が印象的なウェービーヘアの女の子が、私達に向ってにこやかにそう言った。
「ライカちゃん!」
【’24/02/02 19:35 追記微修正してます】




