アイラーツァ【2】
夜の帳に包まれたエシラの町はかなり明るく賑やかで、この町の裕福さを象徴していた。
様々な露店が無数に並び、見た事のない食材が調理される匂いやエキゾチックな香辛料の香りが漂い、色んな民族衣装や服装の人々が行き交い、酒場ではリュートや小型のハープなどの楽器を持った吟遊詩人や楽団がそれぞれのお国柄の音色を奏でている。
私はこの世界で初めての人間界の人々の暮らしに、内心かなり興奮していた。
見るもの触れるもの全てが興味深く、ついきょろきょろしがちであった。
その度に黒髪の青年に注意を受け、はっと我に返る。
意外だったのはサーシャだ。
あれだけゴネていたのが嘘のようにキリっとし、私の従僕然としてほぼ完璧に振る舞ってくれていた。
『私は従僕の方が護衛より主に近い存在だと思うし、いざとなったら一番頼りになる存在なんじゃないかなって思うんだけど』
町に入る前に私が言ったあの言葉で、がらっと表情が変わったのがとても印象的だった。
内心お子ちゃま扱いしてしまったのをとても後悔した瞬間でもある。
ま、とにかく、宿屋を探さないと、だよね。
そもそも護衛然とはしているカイル氏ではあったが、何せ服はズタボロで埃まみれ傷だらけ、そして長い前髪の隙間から油断なく放たれる鋭い眼光───何か、変に目立つんですけど。
「か、カイルさん、少し殺気、弱められない……?」
「あ?」
「そっちこっち傷だらけのせいもあるとは思うけど、そんなにガン飛ばしてたら逆に目立つ、よ?」
「そんなつもり無かったが……目立つって言うならそれはあんただろ。ミズガルズではエルフは珍しいからな」
え、私?
……うーん、未だに自分の容姿には慣れない───って言うか、自覚できない。
そうじゃなくてもアールヴヘイムや常若の国では綺麗な妖精だの、美形ばかりのエルフに囲まれてキラキラと過ごしていたのだ。
感覚が狂ってしまっても誰も私を責められはしないだろう。
そのせいか、マーガレットさんにはホント悪いが自分が美形のエルフだと言われても全然実感がない訳で。
「それと今の俺はあんたの従者だ。『さん』づけはしなくていい」
「あっ、はい」
そっか、いつものクセで、つい。
因みに、ミズガルズで私は香月真夜ではなく、マーガレット・マクシェインを名乗るよう私の兄になってしまったヴィンセントさんに厳命されていた。
稀代の魔法使いである里和・エイル・ギネヴィアの特殊召喚魔法は、アールヴヘイム内でも最高機密とされていて、王宮内ではエルフ王のアーロン様と執事のローレンスさん、王弟のグリフィス様、その次男坊のヴィンセントさん、そのヴィンさんの直属の配下でもあるカイル氏と竜騎士のイアンさんしか知らない。
後は里和ちゃんの身内の魔導師見習いのライカちゃん、従者の蘭丸さんのみだ。
そもそもアクロバット召喚されてしまった私と言う存在自体が極秘な訳で、それが今回のアクシデントで成り行きのまま人間界に降り、そうなった原因も判らないままアイラーツァに上陸し、なぜか黒い巨竜に襲われた挙句、予定外のエシラにやって来る破目になったと言う現状。
私自体がお荷物な上に、更に竜人と言う謎の火竜までやって来て、正直カイル氏の心労たるや私の想像以上の状態なんだろうと思う。
申し訳ないからなるべく迷惑かけないよう、目立たないようにしないとな。
私がうんうんと一人で得心していると、脇から野太い腕が伸びてきて私の左腕を痛いぐらいに掴んできた。
ぎょっとして掴まれた腕の方を見ると、手の甲や指にびっしりと体毛が生えたごつい手が視界に入る。
そのまま視線を上に移すと、粗野な髭面の男がニタリと笑って私を見下ろしていた。
「よう、エルフのねーちゃん! オレたちと遊ばねぇか?」
酒臭い下卑た声といやらしげな笑いを放ちながら、獰猛そうな連中が私達の周囲を壁になって覆う。
うーん、何このお決まりな感じの悪党共は?
【’24/01/31 22:30 追記修正してます】
【’24/02/02 微修正してます】




