ミズガルズ【9】
あぁ、やっぱり……。
私が複雑な気持ちのままそんな元黒い巨竜を眺めていると、美少女化した当人が楽しげな笑顔で迷うことなく私の方に駆け寄って来る。
しかし───
今や当たり前のように傍らに立っている黒髪の青年がずいっとその間に割って入り、長い左手を伸ばして茶髪の美少女の顔面をわしっと掴んでそれ以上の邁進を阻んだ。
「やーだぁー、何すんのー!?」
「それはこちらの台詞だ。さっきまで戦ってた相手なんだぞ。お前のその節操のない態度は何だ?」
至極真っ当なご意見、誠に有難うございます。
私が思わず苦笑しながらそのやり取りを見ていると、
「えー、あれ遊んでただけでしょー。それにボクとエルフちゃんはもう一心同体なんだから」
ズメイと思しき茶髪の愛らしい少女はそう主張すると、するりとカイル氏の戒めを掻い潜り、馴れ馴れしく私の左腕に自分の両腕を絡めてくる。
あぁ、何てあざと可愛いのだ……!
判ってはいてもつい絆されそうになる私であった。
だが黒髪の青年はその少女の早業にぎょっとしつつも、すかさず振り向きざまに再びその顔面を鷲掴みにする。
それどころか今度は彼の左手から蛍光緑の光が発せられたかと思うと、電撃音に似た響きがそこから聞こえてきた。
「勝手なこと言うな……! まy……じゃなかった、メグから離れろ!!」
「痛い痛い痛い! だって、しょうがないじゃない! メグちゃんとボクは従魔契約しちゃってるんだから……!!」
───ん?
流石に痛みに耐えられなかったのか私から手を離し、カイル氏のその手首を掴み、茶髪の美少女が苦悶でじたばたもがき始める。
「私がズメイと従魔契約?」
思わず私も黒髪の青年の左腕を掴み、謎の黒竜と思しき女の子に訊き返す。
そんなんしたっけ?
「したよ───」
まるで私の心を見透かしたような答え方にドキリとする。
私がカイル氏の腕を掴んだ事で止んだ緑の光撃に茶髪の少女はほっした表情を見せ、その彼の指の隙間から覗く炎瑪瑙のような瞳が炯々と私の目を射抜いてくる。
───あ!
『彼のドラゴンを我が足許に服従せしめよ!』
そこで自分がした詠唱の一部が脳裏に閃いた。
無意識だったとは言え、その事実に一瞬惘然とする。
あれがそうか!
その私の様子を見て、黒髪の青年はひとつ溜め息をついた。
「で、どうする?」
「どうするも何も、解除方法も判らないし───」
もしそれが判ったところで、あれだけの巨竜が自由になった時の後始末の方が考えると頭が痛い。
「えー、そんな事言わないでよー。ボクが一緒だときっと便利だよ? 空飛べるし。キミ達広大な荒野で途方に暮れてたんでしょ?」
う、何気に痛い所を突いてくる。
里和ちゃんの迎えがアテにならない今、このままだとエルフの木乃伊の未来が待っているかもだった!
「……取り敢えず、近場の町に移動してから考えるって言うのはどうかな?」
その私の提案に、北方のドラゴンと思しき美少女と全身埃と傷だらけの青年は一も二もなく頷いてくれた訳で。
×××××××××××
丁度その頃、そんな私達の預かり知らぬ薄暗い奢侈な邸宅の一室で、倨色の濃い貴人や為政者、聖職者、豪商と思しき複数の面々でこんな会話が交わされていた。
「どうやら上手くいったようだな」
「さてね……何せ相手はあの『紫炎熄滅の魔法使い』だ。そう安々とはゆかぬだろう」
「そう案ずるな。お主は悲観が過ぎる」
「どちらにせよ、賽は既に投げられている」
「我々にはもうこれ以上の選択肢などないのだからな」
そんな驕奢なリフェクトリーテーブルを囲んだ中の一人が、その瞳の暗窟に怨怒の炎をくつくつと燃やしていた。
【’24/01/29 12:43 追記しました】




