アースガルズ【1】
*続きを読んで下さっている方へ*
地味に前回新たにお話を追記してありますので、お時間ございましたらお読み下さい
最初に投稿した話とつながるようには書いておりますので、気になさらない方はそのままどうぞ
忍者屋敷か、ここは───
半地下の巨大な書庫の変形式図書館階段から天井に開いた出入口に登って行くと、そこは人がようやく一人通れるほどのラフな石壁が並ぶ暗然とした通路になっており、近くには更に金属製の梯子で下に降りられるようになっている深く仄暗い出入口がまた開いていた。
よく見ると、通路の壁の中ほどに横長で長方形の鉄格子つきの明かり取り窓が、その通路のある程度奥の方まで並んでおり、鑿跡の残る石壁に淡いストライプの光を落とし込んでいる。
この隠し通路に入る時に利用した、変形式図書館階段のステップ部分にも厚めのフェルトの消音材が貼ってあったが、この通路の床にも厚手のカーペットが敷かれており、足音が響かないように設えられていた。
「申し訳ないが、現在N Uでは局地的に反魔術運動が起きていて、大っぴらにナエポルエ連合評議会に魔法使いを呼ぶ事が出来なくてね───こんなコソコソするような真似をさせてしまって本当に悪いのだが……」
モニカ・エアハルト委員長は彼女の執務室へ向かう道すがら、多少声を潜めつつ済まなそうにN Uのそんな最近の裏事情を話してくれていた。
あぁ、ここは有事があった際の隠し通路───要するに脱出路なんだ。
私はそう得心しながら奥に黒く霞む通路を、深紅の髪の麗人を先頭に、ドワーフの名匠フーベルト・シュミット氏がその後に続き、私、そして殿を『ニコラ・デュボワ』こと銀次君が粛々と歩いてゆく。
しっかし、随分と長い通路だな───
埃っぽい淀んだ空気漂う中、私たちは何度か通路を右に左にと曲がり、石の階段や鉄の梯子を数回ほど主に上り、たまに下ったかと思えばまた上り……。
つか、本気で忍者屋敷顔負けの隠し通路じゃないの!
あまりの迷路っぷりに私の顎は出かけ、思わず口から愚痴が飛び出しそうになった頃───ぶっちゃけ路順など覚えてられないぐらい進んだ先に、ようやく金属製の鉛色の扉が現れた。
そこでモニカ・エアハルト委員長が人差し指に嵌めた印章指輪の左拳をその扉に向かって突き出し、優しく囁くように何事か呟く。
「時の静寂に佇む者よ、その胸宇を開きて我らを導き給え─── 」
それが詠唱だと気づいた時、鉛色の重そうな扉に蛍光グリーンの印章が浮かび上がったかと思うと、おもむろに扉が右にスライドして自動的に開き始める。
私がそれに目を見開きつつ内心これは、と思っていると、男装の麗人が優雅な仕草で軽く目礼しながら指輪を嵌めた手で開いた入り口の方をさし示し、私たちをその荘厳な室内へと導き入れた。
そこは重厚なルネサンス様式の落ち着いた雰囲気の執務室で、モニカ・エアハルト委員長の麗しくも威厳に満ちた容姿に似つかわしい場所だった。
広い室内の中央にはアンティークな皮張りの瀟洒なソファセットがあり、深紅の髪の麗人は早々にその場所へと私たちを案内し、座るように勧めてくれる。
そこでふと、自分たちが出て来た場所を振り返ってみると、既にそこに出入口は無く、壁一面の作り付け書棚が大小色様々な革背表紙の蔵書で埋められているだけであった。
別段深紅の髪の麗人が魔導具と魔法を使用した事を不思議とは思わないのだが、何となく私は微かな違和感を覚えながら、ヒースグレーのソフトモヒカンの少年に促されるがまま革張りの二人掛けソファに、老ドワーフと一緒にゆっくりと腰を下ろした。
やがてモニカ・エアハルト委員長は、年季が入ったオーク材の重厚なデザインの執務机の上にあったシルバーの小さなハンドベルを鳴らし、部下を呼んでお茶の用意をさせると、『ニコラ・デュボワ』こと銀次君は兄である社長の『シャルル・デュボワ』がした報告の補足をし始める。
その話の中身は、私が知らない事実も所々にあり────
あれからはエルキングは『桂魄の宮殿』の秘匿封印された地下室で、我らが美女エルフの呪詛により散々業火に焼かれ続けているらしく……里和ちゃん、こーわっ。
そのエルキングが長年かけて簒奪してきたであろう陰邪魔術で得た負の強大な魔力を、美女エルフは正に変換する数式を編み出したとかで。
現在、そのエルキングを魔力の電池代わりにして、綻んだアールヴヘイムに数多点在する空間の傷を修復させる炎の理 [ことわり] を構築中との事で。
転んでもタダでは起きない里和ちゃんらしい……。
私が薄ぼんやりとそんな生温かい感慨を抱いていると、不意に執務室のドアがノックされ、扉の向こうから男装の麗人の部下と思しきくぐもった声が来客を告げた。
「エアハルト委員長、『デュボワ・インターナショナル』のシャルル・デュボア社長がお見えになられました」
長らく間を開けてしまい、誠に申し訳ありませんでした
先月身近で不幸が二度ほど続き、最中に体調不良と資料集め、そして正直に言いますとなぜか変に書けない状態に陥っておりまして……それでもどうにか新しくエピソードを書き綴っておりました(^_^;
そんな訳で、また誤字脱字加筆修正するとは思いますが、何とぞご容赦願います
古ノルド語の翻訳・資料集めにGemini、Google検索、Wikipedia、OpenL Translateを使わせてもらっております
【'25/06/15 誤字脱字加筆修正しました】