ナエポルエ・ユニオン【9】
なぜ人は、『運命』という言葉に縛られたがるのだろう?
それは時に慰めになり、それは時に魂の楔になる───
『白銀髪の取り替え子の伝説』より
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「ようこそお越し下さいました───」
スヴァルトアールヴヘイムの乾いた飼い葉とボロの臭いの漂う薄暗い二角獣の古びた厩舎から、美女エルフがいつの間にか設置したという蛍光グリーンの転移魔法陣を抜けると、その先には厳粛な空間が広がっていた。
黴臭さや埃の漂う薄暗い空間の中、半地下と思しきその場所は巨大な書庫らしく、私たちはその前室のようになっている古びた空間に立っていた。
奥の方には威圧感のある古びた縦長の複式書架が、十数段数十架程ずらりと並んでおり、やはり年代物と思しき様々なデザインや大きさの革製の背表紙が所狭しと配架され、理路整然と並んでいる。
その背高い書架の片側にある天井高い壁の上部には、小さな横長の高窓が書庫の奥まで続いており、そこから淡く白い光が暗い室内をぼんやりと浮かび上がらせていた。
私が苦手な転移魔法の空間の歪みの感覚に辟易しながらそこで思わず嘔吐いていると、そんな私たちを待ち受けていたのは高雅な姿の麗人だった。
その私より頭ひとつ分背高い女性は、両手を拡げながら閑麗な微笑みを浮かべ、使い込まれ古びた長い読書机の間を抜けながら私たちを迎え入れた。
「お待ち申し上げておりました、スヴァルトアールヴヘイムの名匠フーベルト・シュミット───ようやくこの日を迎えられ幸甚の至り───わたくしナエポルエ・ユニオン理事会の委員長を務めさせて頂いているモニカ・エアハルトと申します───以後、お見知りおきを」
熟れた仕草で一礼するモニカ・エアハルト委員長に、私は我知らず目を奪われていた。
わぁ、なんて格好良い人なんだろう───!
年の頃は30代後半から40代前半ぐらいで、緩いセミロングのウェーブがかった髪を銀細工のバレッタで後ろでひとつにまとめ、その髪の色は濃い茶髪寄りの深紅。
肌の色は健康的な小麦色、意志の強そうな細めの眉に、綺麗な二重でその瞳の色はエメラルドグリーン、通った細めの鼻梁、薄めの唇は艶やかな珊瑚色。
シンプルでスマートなデザインの上質な濃紺のウールのフロックコートにグレージュのベスト、その中には襟と胸元と袖口にフリルがあしらわれた清潔な白のリネンシャツを着ており、ベロア素材で細めのパンタロン風黒いロングボトムに、銀のバックルつきの細身な黒革のブーツという出で立ちの麗人が、満面の笑顔になり私たちを出迎えてくれていた訳で───
この時の私は、清冽で艶やかなエルフ姿の里和ちゃんと、私の兄になってしまった豪奢な吟遊詩人のヴィンセントさんを見た時と同じぐらいの鮮麗さの衝撃を受けていた。
「……おい、阿呆面で見てんじゃねーよ」
不意に、それまで少々口を開けて深紅の髪の麗人に見惚れていた私を、ここまで先導して案内してくれていたヒースグレーの髪色のソフトモヒカンの少年が、ぼそっと私の耳元付近でそう苦言を呈して来る。
今度はそれにも既視感ってしまっていた流石の私も、老ドワーフから黒髪の青年の凄絶な生い立ちを聞いたばかりだったので、反論する気力もすっかり削がれてしまっており、ただただ苦笑いするしか術がなかった。
何もそこまで似せなくても───
先ほどシュミットさんからカイルに似ていると言われ、ほんの一瞬だけ年相応の嬉しそうな表情になっていた銀次君を思い返しながら、私は無意識に肩を竦めていた。
「いやいや……何度も何度も根気よくスヴァルトアールヴヘイムへ打診して下さっていたにも拘らず、こんなにも遅くなってしまい、謹んでお詫び申し上げますぞ、エアハルト委員長───それで、今回儂に何の仕事を?」
そんな私のどこか変に呑気な心中を他所に、スヴァルトアールヴヘイムの名匠たる老ドワーフは話をどんどん勝手に進めてゆく。
まぁ、とにかく、今回私は里和ちゃんから使い魔の銀次君───ナエポルエ・ユニオンでは商社のコンサルタント会社『デュボワ・インターナショナル』の会長『パトリック・デュボワ』の子息である『ニコラ・デュボワ』を名乗っているらしく───の後見人的な立ち位置だと聞いており、何かあれば私が『アースガルズ』の名代だと言えば何とかなる、と訳の判らないお達しを受けていた。
カイルはそんな私にドルイドマントのフードを被せながら、微妙に心配そうに、取り敢えず銀次に任せておけばいい、私は黙って立っていれば問題ないから、と助け舟っぽい助言をしてくれていた訳なのだが……。
しかしその後の事までついでに思い出してしまい、私がかっと熱くなった自分の頬を両手で覆っていると、その私の様子に薄く笑みを見せながら、エアハルト委員長はシュミットさんに向かってその朱唇を開いた。
「それは後ほどゆっくりご説明ささて頂きます───そちらもかなり大変な事態があった事は、このニコラ・デュボワから伺っております故……で、そちらのお嬢さんが今回、魔法使いリワの名代の───」
えっ───?
遅くなりまくってごめんなさい
体調があまり良くなくて、書きたくても書けない状態が続いてまして……
そんな訳で、今も寝落ちしながらまたバックスペースキーを押す憂き目に遭い、取り敢えず書いた分だけ投稿させて頂きました
また誤字脱字加筆修正等すると思うので、何とぞご了承願います
※ 今回も古ノルド語の翻訳、資料集め等はGeminiです
【'25/05/13 誤字脱字かなり加筆修正しました】
* 登場人物が一人増えた都合上、少々デュボワ家の人々の名前等変えました……申し訳ありません
【'25/05/26 誤字脱字かなり加筆修正しました】
【'25/06/06 修正しました】