ナエポルエ・ユニオン【8】
あれから私とスヴァルトアールヴヘイムの国匠たるフーベルト・シュミット氏は、『黒鉄の狼城』の城下町を抜け、美女エルフがこっそりと (?) 設置したという転移魔法陣のある家屋へ到着した。
そこはやはり里和ちゃんが抜かりなく防御魔法なんかを施してあり、まだまだそこかしこに潜んでいるという、反アールヴヘイムの残党───要するに、スヴァルトアールヴヘイムの愛国者と言うまやかしな名目の、エルキングのどす黒い悪意に洗脳されきった連中なのだが───から隠すためであった。
私は老ドワーフと共に、その町外れにある木造のボロボロと言っても過言ではない、二角獣が、十数頭いる馬小屋に足を踏み入れる。
乾いた飼い葉とボロの臭いの漂う狭い厩舎内を、時折二角獣に袖やドルイドマントを噛まれて引かれたりしながら奥へと進んでゆく。
「遅かったな───待ち草臥れたよ」
不意にその奥から聞き覚えのある、ちょっと低めのアルトの声が不機嫌そうな響きを帯びて私に投げつけられた。
「ごめんなさい───ちょっと、シュミットさんと話し込んでしまって……」
私がその声の主であるヒースグレーのツーブロック・ソフトモヒカンの少年に言い訳しつつ、どうにか笑顔を貼りつけてそう答えると、どこかの誰かを彷彿とさせるような黒づくめの少年はあからさまにふいっと私から視線をそらす。
表向きは隠して行動しているが、美女エルフの従者かつ使い魔の銀次君だ。
外見は韓流アイドルのようなシュッとしたハイティーンの少年なのだが、とにかく自分の主である里和ちゃんに心酔していて、今は彼女に感化され過ぎて割と自由に様々な国に潜入しては、同じ使い魔仲間のピリカちゃんを通じて情報を伝えてきたりしているらしい。
あー……そう言えば私、この子から良く思われてなかったんだっけ───
微妙な既視感に襲われながら、私は思わず苦笑する。
悪意のある無視は、嫌がらせや嫉妬の感情が複雑に絡んでる場合が多い上、その感情を判りやすく効果的に相手にぶつけてくるので、目の敵にされた者の精神的ダメージが強烈になったりするのだが、不思議と銀次君にそんな悪意はないように思え、恐らく主である美女エルフなんかに義理立てし、そんな意地を張った態度にさせているのではないかと思えていた。
これも一重に、前例になってくれた黒髪の青年のお陰とも言える訳なのだが───
なんか可愛いから、まぁ、いっか……。
私はこのテの相手に変に逆らっても無駄な事は、既にカイルで学習済みなので、我ながら疲れ切った精神状態のまま相手をするのもぶっちゃけ面倒だったのもあり、そのまま仁王立ちしている少年の元へ、老ドワーフと共に近寄ってゆく。
ところが、その私たちを眼前にして銀次君は少々ぎょっとした表情になる。
私がそれに少し首を傾げていると、傍らのシュミットさんがその皺深い温和な表情を歪め、珍しく声を硬くして口を開く。
「何じゃ、この態度の悪い坊主は? 昔のカイルみたいな奴じゃな」
「……オイラ、カイルさんに似てますか?」
「うむ。悪い意味で、な───まぁ、今やあやつはこの綺麗なエルフの嬢ちゃんに、首ったけじゃがの」
その老ドワーフのからかいを含んだ言葉に私はぎくりとし、にわかに熱くなった顔を意識しながら、反論しようと口を開くが酸欠の金魚よろしくパクパクさせるのみで、なぜか言葉は一切出ては来ず……。
でもふと、シュミットさんにそう言われてみれば銀次君、ミニカイル (笑) って言うか、何となく雰囲気とか出で立ちが似て、る───かも?
すると韓流アイドルみたいな外見のソフトモヒカンの少年は、そんな私の様子を尻目に苛立たしげに舌を鳴らすと、ふいっと私達から背を向けながら急に居住まいを正したように喋りだした。
「では、こちらです───スヴァルトアールヴヘイムの国匠フーベルト・シュミット様。ナエポルエ・ユニオンのモニカ・エアハルト委員長がお待ちですので」
そう言いながら奥にあった一つだけ空いた馬房の前に来ると、銀の腕輪をはめた左手をその前で翳す。
「我は命ず───この地の意思を彼の地に繋ぎ給え!」
ソフトモヒカンの少年がそう唱えると、銀の腕輪がぱぁっと白く輝きだし、その手を中心にして蛍光グリーンの魔法陣が浮かび上がる。
「では、参りましょうか───」
銀次君はきりっとした表情で、先ほどの私に対する悪態など忘却してしまったかのようにそう私達を促してから、先に自分がその綺麗な幾何学模様の魔法陣の中に吸い込まれるように入って行ったのだった。
ここのところ新規投稿等遅くなってて済みません
毎度ですが、古ノルド語はフリーのウェブ翻訳や生成AI (Gemini)、wikipediaやググるさんを使ってはおりますが、間違ってる可能性もあるので何とぞご了承願います
【'25/05/10 誤字脱字加筆修正しました】