ナエポルエ・ユニオン【7】
※ 一部残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意下さい ※
基本、アールヴヘイムは平和な妖精たちの国なのだが、一部の歴史家の中でも事情通と呼ばれる好事家たちの中では、カイルのその話が現在の不穏で不安定なこの世界の切っ掛けを作った話でもあると囁かれているらしく───
アールヴヘイムとスヴァルトアールヴヘイムはこの世界ではある意味表裏一体の妖精たちの住まう国であり、その世界自体を指す言葉でもあるという。
この世界の人々の認識的にはアールヴヘイムは天界にあるとされ、スヴァルトアールヴヘイムは対極的に地下深い場所に存在しているとされている。
しかし複数の異名を持つ『逆転の魔女』たる里和ちゃんから言わしめると、どちらも同じ階層に属するような世界でもあるらしく、その頃辺りから時折、スヴァルトアールヴヘイムの者たちがアールヴヘイムの豊かな資源を求め、侵略してくる事があったという。
その時の一番大きな争乱が、カイルの母親でもあるヒルダ・クイン・レイフの『忘れられた最果ての森』にあった領地を襲った事変なのだ。
レイフ領を襲撃したのは、当時のスヴァルトアールヴヘイムの傭兵崩れの反社集団『暴虐のアギト』であった───大義名分で反体制革命団体と称してはいたが、ほぼ界隈ではただの盗賊集団として認知されていた訳で。
当時彼らは突然アールヴヘイムやその友好国であるミズガルズの国々に現れては、猛悪非道の略奪を繰り返していたらしく……。
それまで長年に渡り平和を謳歌していたアールヴヘイムの鄙びた田舎町であった『忘れられた最果ての森』の風景は一変する───
美しかった森は焼かれ、穏やかに暮らしていたエルフなどの妖精たちはあらゆる暴虐の末に殺戮され、小さな町の豊かな暮らしは徹底的に簒奪される憂き目に遭ってしまったという。
そしてその領主であったカイルの母親であるヒルダ・クイン・レイフ辺境伯は拉致され、哀れにも見せしめに『暴虐のアギト』の慰み者にされてしまったのだった。
蝗の如き彼らが去った後、ようやくアールヴヘイムの中央からの援軍が到着した頃には、『忘れられた最果ての森』はかつての閑寂ながら風光明媚だった里山の景色は消え去り、見るも無惨な木々の焼け焦げた臭いと灰の埃っぽさの充満する、瓦礫だらけの荒廃した姿を晒しているだけであったらしい。
人質として生き残ったハイエルフの辺境伯は、あまりにも陰惨な状態で屋敷の地下から発見され、かつての凛とした男装の麗人の面影はなく、精神を病み、すっかり人格が変わってしまったのだという。
私はその話を聞いて、強烈な吐き気と共に胸がぎゅっと搾られる心地がしていた───前の世界のとある事件の残酷な話を思い出したからだ。
それはやはりヒルダさんのような目に遭い、それどころかその人はサンドバッグのように扱われた挙げ句に殺されてしまい、発見されてからの検死解剖で恐怖のあまり、かなり初期の段階で脳が極端に萎縮してしまっていたという事実だった───だから、性的暴行はよく「魂の殺人」と言われるのだが、実際にその時点でその人の人格は破壊されてしまい、既に殺害されているのも同然の状態になっているのだ。
よく抵抗して逃げられるのにおかしい、という言動を耳にするが、それは完全なる誤解だ。
ましてや集団での暴虐を受け続け、絶望でその脳はかなり初期の段階で激しいダメージを負い、そんな適切な判断など出来なくされ、逃げたり抵抗など全く出来なくされてしまう───暴力で精神、要するに脳自体を破壊し、逃げられない状態にされているだけなのだ。
一対一であっても、普通にその男女の力の差は歴然としているというのに……。
そして次の事実に私は堪えられず、とうとう泣いてしまっていた。
その時にヒルダ・クイン・レイフ辺境伯は双子を身籠るのだ───
そのうちの一人が、カイル・フェンリル・レイフなのだと、老ドワーフは哀しげにぽつりと私に告げたのだった。
悩んだあげくに遅くなって、かなりシリアスな話になってしまって申し訳ないです
今回から古ノルド語などの外国語の翻訳に『Gemini』を使ってます───鬼便利で助かるのですが、私の環境では騙し騙し使う感じで
また誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞご了承願います
【'25/05/05 誤字脱字加筆修正しました】