ナエポルエ・ユニオン【6】
「……まぁ、彼奴なりに嬢ちゃんに気を許してる証拠じゃろ。カイルは家族に恵まれなかったからな。嬢ちゃんが自分の家族になってくれる、自分の半身だと思うとるんだろうな」
半身……?
『終わりのない黒の洞窟』の出入り口のひとつである、『黒鉄の狼城』近くの『昏い大蛇の森』にある洞穴の前で、心配そうに私たちを振り返りながら美女エルフに襟首付近を掴まれ、引きずられるようにして連行されていった黒髪の青年を、私はできるだけ満面の笑顔で明るく手を振って見送った。
それにしても洞窟から出た途端、カイルは寝ていた鯖トラ小猫化した私の使い魔に構わず、私が着ていた黒のドルイドマントのフードを私の頭に真顔で被せてきたのにはつい笑ってしまったが、そのどさくさに紛れて私が躱す間もなく唇を塞いできたのには、流石に文字通り閉口したのたが……。
そして早速、私がした質問にスヴァルトアールヴヘイムのドワーフの名匠であるフーベルト・シュミット氏が、やはり私と同じようにニコニコと自分の養い児だった青年に向かって、その節榑立った分厚い掌を振りながらそう答えてくれていた。
私がその話に今ひとつピンと来ないまま軽く首を傾げていると、老ドワーフは里和ちゃんとカイルの姿が古びた煉瓦や石造りの建物が無造作に並ぶ街の雑踏に紛れて見えなくなったところで、にこやかなまま私に向き直り、しみじみとした口調で言葉を続ける。
「とにかく、儂はほっとしとるんじゃよ……あれだけ荒れてた彼奴に、嬢ちゃんみたいなつれ合いが傍にいてくれる事にな」
そんな言葉に、先ほどの一件を見られたばかりの私は顔がかぁっと熱くなるのを覚える。
えぇ……?
いや、カイル、私の事そこまでの相手だなんて考えてるの、かな?
いやいや……第一、まだそこまでの関係性は築けてないかもなんですが。
だって、本当の私を知れば、きっとあっさりきっぱりすっかり見捨てられてしまうだろうから───
そう考えると、今度はにわかに頭から血の気が引くのを感じていた。
いやいやいや、そんな自分の事にかかずらわってる場合じゃない───そうだよ、カイルが凄く荒れてたって……そう言えば本人も似たような話、してた気がする。
私たちは美女エルフから頼まれたナエポルエ・ユニオンのモニカ・エアハルト委員長に会うべく、指定された転移魔法陣のある場所へ向かって『黒鉄の狼城』の城下町の人混みの中を歩き出しなから、黒髪の青年のこれまでについての話を続けていた。
「シュミットさん、カイルの生い立ち……伺ってもいいですか? 本当は本人から直接聞いた方がいいとは思うんですが、大したことはない、みたいな事しか話してくれないんです───私が信用されてないだけなのかも知れませんが」
最後の言葉は黒髪の青年にも言って、それは違うって否定はしてたんだけど……。
するとシュミットさんはかっかっか、と某黄門様張りに喉を鳴らして笑い出したかと思うと、さも愉快と言わんばかりに口を開いた。
「彼奴にそんな器用な真似が出来るとは正直、儂ゃ全然思えんがな───判らんのか、嬢ちゃん? 儂の前でさえ、恥ずかしげもなくお主にベッタリ貼りついておったろうが───あんなカイル、儂ゃ初めて見たわい」
そのからかいを含んだ老ドワーフの話に、私は自分の顔がまた赤くなるのを自覚して思わずぐっと言葉に詰まる。
心情をこれでもかと揺さぶられまくって信号機みたく忙しなく顔色が変わってしまう自分に、我ながら諦めムードになって内心苦笑を禁じ得ないまま、ただただシュミットさんの見解を聞くしか術がなくなってしまっていた私なのだった。
「まぁ、そう言う事なら、儂があの不器用な男に代わって話してやろうかの───カイル・フェンリル・レイフの話を」
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カイルはアールヴヘイムの下級貴族の出自で、いわゆる辺境伯の子息だったらしい。
彼が生まれた場所はアールヴヘイムでも忘れ去られるほどの僻地にあり、ハイエルフである彼の母親が領主となって小さいながらもその界隈を統治していたという。
そんなある日、今日のカイルに繋がる争乱が勃発した。
ここの所体調が悪くて遅れ気味ですみません
更にまた後ほど誤字脱字加筆修正等させて頂きとう存じます
【'25/04/15 誤字脱字加筆修正しました】
遅ればせながら、読んで評価して下さりありがとうございます───とても励みになります