ナエポルエ・ユニオン【5】
「香月、迎えに来たよ〜」
わぁ、里和ちゃんだーっ!
それまでの疲れが吹っ飛んだかのように、私はつんのめりながらも里和ちゃんに駆け寄り、そのまま意外に胸まわりの肉づきの良い、私よりちょっと小柄な体に抱きついてしまっていた。
その彼女のほっとするような温もりある柔らかな体から、甘やかで華麗な薔薇に似た芳しい香りが、私の脳を溶かすみたいに鼻腔を擽ってくる。
美女エルフのとある従者とダブって見えたのは、決して既視感ではないはずだ。
「会いたかったよ……!」
心からの掛け値なしの気持ちを、本当に伝えたかった言葉をようやく伝えられた気がした。
そうだ───私は里和ちゃんに会いたかったし、そして───
「すんごい辛かったし、寂しかった───だから、嫁ぎ先に遊びに行くって約束してたのに、私も自分のことで手一杯だったから全然行けなくて……ひと回り年上の頼り甲斐のある旦那さんと結婚して、てっきり幸せなんだと思ってたから……本当にごめんね」
前の世界で伝えにくかった言葉を、この場の勢いですっかりあっさりがっつりぶちまけていた。
私は里和ちゃんとは、会おうと思えばいつでも会えると思ってたんだ。
でも、現実は違った。
すると美女エルフ化した彼女は、何とも言えない複雑そうな笑みをその美貌に乗せたかと思うと、ここに来てからの彼女にしては非常に珍しく、かなり歯切れ悪そうに話し出した。
「えぇ?……あ〜……そんなこと気にしてたの? そりゃあたし、香月に隠してたもん。今さら気に病まれてもこっちが困っちゃうよ。でも、もう終わってしまった前の世界の話の乖離と齟齬はまたゆっくり時間がある時に収拾するとして───取りあえず、ゴタゴタであたしを追い回してたの忘れてくれてて良かったよ」
……………ん?
そんなこと─── ⁉
私がまだ何か色々肝心な、かなり引っ掛かる事があったのを思い出しかけたところで、老ドワーフが和やかにそれを混ぜっ返すように割って入ってくる。
「おぉ、丁度いいタイミングだったな」
「この二人を迎えに行って下さってすごく助かりましたよ、シュミットさん。今回の一件で別案件も一気に話が進展しちゃったんで───そんじゃ香月、早速だけどカイル借りてくねー」
私が自分の考えに埋没する直前に、更に畳みかけるように里和ちゃんがそう言って、いつものように私の後ろにいた背高い黒づくめの青年を指さす。
心なしか背後の青年の微かに動揺したような気配が伝わってきた。
それに気づかぬ素振りで、渡りに船と言わんばかりに私は首肯する。
「え? あ、どーぞどーぞ。がんがん連れてっちゃって───って、別段カイルは私の従者とかじゃないし、ヴィンセントs……お兄様がOKなら何も問題ないと思うんだけど」
「そお? 本人は非常に不服そうだけど……まぁ、とにかく、弥七、お後よろしく〜」
美女エルフの呼びかけに、それまで静かに私の黒のドルイドマントのフードの中に潜んでいた鯖トラ小猫が渋めのバリトンで返事をする。
「はいよ、魔法使いリワ」
そこで里和ちゃんは取ってつけたようにぽんと手を打つと、さも今思い出したと言わんばかりに言葉をつけ足した。
「って、そうそう! 銀次も一緒だから安心してよ。シュミット氏を迎えに合流すると思うから、心配しないで」
その白々しい話し方に、今度は私の眉根が寄った。
え゙、私を嫌ってる銀次君が?
不思議とそんな私の心中を代弁するかのように、黒髪の青年は私の両肩を包み込むような仕草で両手を掛けながら、いつもの無愛想な口調でそれに異を唱える。
「銀次が一緒? もっと心配だよ───つか、勝手に話進めてるみたいだが、俺はリワなんかと行かないぞ」
あー……そう言えばカイル、元々里和ちゃんのことあんま良く思ってなかったんだっけ。
とは言え───
私はまだ、彼の育ての親でもある老ドワーフに訊きたいことが残っている。
そこで意を決した私は、軽く微笑みながら背高い青年をふり仰ぎ、その切れ長のブラックオパールのような綺麗な双眸を見つめながら口を開いた。
「ヴィンセントお兄様も困っちゃうと思うから、行ってあげて?───カイルが迎えに来てくれるの、向こうで待ってるから」
そしてその少し尖った耳に、かなり使いたくはなかったあざと最終手段をこそっと囁く。
「その後、いい事してあげるから……ね?」
自分で言っててかなり吐き気を催す台詞だ───単純に、黒髪の青年の焦げた……と言うか、私が焦がしちゃった前髪を切ってあげると言う意味なんだけども。
すると彼は、その端正な白面を薄く上気させながら真顔になり、私の両肩をきゅっと軽く握りながらあっさりと頷いた。
「……判った。行ってくる」
「え?」
思わず目が点になる。
吹き出しそうになるぐらい効果覿面、であった。
待て待て待て───私如きにそんなチョロくて大丈夫なのか、カイルってば……。
ここまで来ると流石に、我ながら心臓に鋼の毛が生えてきた気がしていた。
ある意味図太くならないと、この世界では生きてなどゆけない。
しかしそれでも、まだ穴があったら入りたい気分ではあったのだけれど。
今や理和ちゃんなんかも特にそうだとは思うんだけど、花顔柳腰な存在は割り切って自分の容姿を利用して得して生きていける分、それでも何かとその美しい外見に振り回されて苦労もしてもいるのだな、とつくづく思わされたのだった。
そしてそのカイルに放った最後のあざとい台詞が、のちに自分で自分を追い詰める破目になるのだが……。
当の美女エルフはと言えば、好々爺然としたシュミットさんと並んで微妙にニヤニヤしながらそんな私たちのやり取りを眺めていた。
その一見平和そうに映る光景に、結局何だか相手の思う壺に嵌まってる気がしてしまい、ちょっとむっとしてしまう私なのであった。
「それじゃ、ナエポルエ・ユニオンのモニカ・エアハルト委員長によろしくね〜」
そんな私の阿呆な懊悩を尻目に、理和ちゃんは私に向かってひらひらと手を振り、その表情がやけに晴れやかに見えてしまうのは、きっと私の気のせいではないはずだ。
遅くなってしまいました……相変わらず書きながら寝落ちが酷い
毎度で恐縮ですが、誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞご了承願います
【'25/04/10 誤字脱字加筆修正しました】