ナエポルエ・ユニオン【4】
「へぇ……フーベルト爺ちゃん、ほんとに昔、闇のエルフだったのか───ただの噂だと思ってたよ」
そこで珍しく、黒髪の青年が感じ入ったようにそう口を挟んできた。
どの時代もどの世界でもこの手の話には大抵、ひとつの事実に8,9割のニセモノの虚飾をつけられてたり、そもそもが捏造された根も葉もない嘘八百だったりする。
だからカイルもそんな話を耳にしても、本人の口から話を聞くまでは真偽の判断はしないのだろう。
「まぁな───光のエルフや闇のエルフ、ドワーフも、元を糺せば根は同じじゃからの。儂の場合はエルキングの呪いで今の姿に変えられたんじゃが、己の信念を貫いた結果じゃからそれは全く誇りに思うとるよ───犠牲になった多くの仲間たちの無念を考えれば、呪われて寿命を数千年削られるぐらい些細なことよ」
しみじみとそう語る老ドワーフの匠は、遠い視線を前方に投げかけていた。
つまり、シュミットさんはこの世界に二人と存在しないような鍛冶師の腕があり、その上『終わりのない黒の洞窟』と言う無尽蔵の資源が眠っている場所を誰よりも知りつくしていた所為もあり、それを惜しんだ周囲の者たちなどの尽力で、現在の出国を禁じられ、スヴァルトアールヴヘイムにのみ利益をもたらすため無償で働かされていたという。
で、最終的に人柱として処刑されてしまった仲間たちや、実は彼らを陰から擁護しようとしてくれていた、後にその『桂魄の宮殿』の城主になってしまうベルンハルト氏から依頼され、シュミットさんをエルキングから命令され殺しに来たはずのマーガレットさんの母親のローズマリーさんの手によって、シュミットさんはその命を助けられたのだというのだ。
その訳の判らない話の展開の仕方に、私は地味に目を白黒させる。
えー……ローズマリーさんって、一体?
それは一緒に話を聞いていたカイルも同じだったらしく、予想外の内容に珍しく腑に落ちないといった表情で首を傾げていた。
私自体、ローズマリーさんについては、ヴィンセントさんやグリフィスさん達からの間接的な話しか知らないのだが、とにかく人物像が気のせいか人によってその印象が変わると言うか。
結局、シュミットさんの今の長かった話からローズマリーさんの人柄までは正直判らなかったのだけど、人には色んな顔があるとは言うから、そうせざるを得ない何らかの理由があったのかも知れないし……。
迷路のように延々と続く『終わりのない黒の洞窟』を、老ドワーフのそんな長い自分語りを聞きながらどれだけ歩いただろうか?
この洞窟では魔法自体は使えるのだが、転移魔法なんかを使ったところで結局は洞窟内のおかしな場所へ飛ばされるだけの効果しか生まず、ますます自分たちがどこにいるのか判らなくなってしまうらしい。
つまり余計な真似はせず、ひたすら踏破するという正攻法以外の脱出方法はないらしく───本当にシュミットさんが来なかったらどうするつもりだったんだろう、カイル……。
元の世界では、坂道ばかりの港街の高校を自転車通学してたせいかかなり健脚で、上京してからも貧乏学生だった私は割と平気な感じで、山手線なら一駅分、地下鉄なら二駅分ぐらいは普通に、里和ちゃんや栃木から通学してた友人なんかと歩いていたので、歩く事には全然抵抗などなかったのだが───
ところが現在の脆弱な体躯の状態でエルフ化した私は、ほぼカイルの手に引き摺られるようにして歩き続け、次第に無口になり、判りやすく疲労困憊していった。
やはり約400年眠り続けたというマーガレットさんの肉体は、私が思う以上に身体能力が低下していた訳で。
これでも普段からかなり頑張って意識的に体を動かして、この世界の不思議な食物も迷わず積極的にたくさん食べて、筋力をつけるべく私なりに奮闘してはいたんだけども……もっともっとやらなきゃ駄目なのかと、この現状に地味に意気消沈していた。
その上、実は魔力暴走でうっかりすると生命の危機にまで陥るほどの魔力枯渇状態になっていた私は、眠っている間にカイルから普通に動けるようになる程度の魔力を分けてもらってはいたのだが、それなのに情けなくなるくらいの為体であった。
そんな私を見兼ねた黒髪の青年が、当然のように助け舟を出してくる。
「……メグ、疲れたんだろ? 俺、抱いてくぞ」
途端に私はがくりと頭を垂れる。
○トラッシュみたいに言うのはやめてくれ……!
……いや、実際はネ●が○トラッシュに言ったんだけども!
私がそれを固辞し、それでもカイルが黙って私の体を抱えようとしたところで、前方から老ドワーフのあからさまに笑いを噛み殺した声が飛んで来る。
「主ら安心せい。もうすぐ出られるからな」
何かもう、シュミットさんには色んな意味で体裁を整えることが不可能になってきてる気がしていた。
とにかくこれ以上、黒髪の青年の好きにさせr……じゃなくって、必要以上の迷惑をかける訳にはいかない。
魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの世界で自分が生き延びるためにも───!
そこで私は誤魔化すように黒髪の青年の手から逃れ、老ドワーフの名匠の元へ行こうと背を向けた時だった。
久方ぶりに懐かしさすら感じる、ちょっと甲高いキンキン声がシュミットさんの背後から飛んできた。
「あんたら相変わらずだね───」
そこには神々しい白い後光を背負って、流れるような銀髪の美しい、淡い紫水晶の如きぱっちり二重が麗しい双眸に、多少呆れたような色を隠さない美女エルフが、いつの間にやら颯爽とそこに立っていたのだった。
「里和ちゃん……!」
うーん……また後ほど誤字脱字加筆修正させて頂くとは思いますが、何とぞご了承願います
【’25/04/07 誤字脱字加筆修正しました】