ナエポルエ・ユニオン【3】
……………え、まじっスか?
私は数瞬、老ドワーフの言った言葉が咀嚼できず、ぽかんとしながら硬直しそうになっていた。
思わずもたつきながら足も止まる。
正直、そんな話だと思わなかったからだ。
でも何気にそんな話でほっとしてもいた。
取り敢えず、マーガレットさんがカイルと血縁とかの路線は無さそうで。
かなり身勝手な了見と謗られても仕方ないけど、凄く安堵してしまっていたのだ。
いやでも……暗殺者とか。
それまで私の手を引いて歩いていた黒髪の青年が、逆に私が立ち止まってしまった事で後ろに引かれるようにして一緒に足を止め、その私の様子を見て心做しか声を強張らせながら口を挟んでくる。
「メグ、今それは聞かなくてもいいと思う。後で俺が詳しく爺さんに聞いとくから……落ち着いてからちゃんと説明するよ」
あ……もしかして、カイルのあの困った表情───それ知ってて気を使ってくれてた?
思わず目を見開いたまま黒髪の青年をつと見上げる。
以前、私の兄になってしまったヴィンセントさんから聞いていた話ではあったのだけど、自分の『香月真夜』としての今までの平凡な人生の中からはあり得なさ過ぎな話なので、全然ぴんと来ないままここに至っていた訳で。
何せ、私の事実上の父になってしまったグリフィスさんなどは、物騒な慈しみをもって懐かしそうに口にしていた事なのだけど、それをまんま信じろと言う方が土台無理な話だったり。
そこで私を見つめるどこか不安げな色を湛えた切れ長の黒瞳に、我知らず握られていた左手をきゅっと強めに握り返しながら、固まってた顔面に強引に笑顔を貼りつけた。
「……ありがとう、カイル。でも、ここまで聞いちゃったから先延ばしにしても意味ないと思うし、他にも訊かなきゃならない話もあるから」
まぁ、そもそもこのスヴァルトアールヴヘイムの密偵だったとか言う話は然もありなん、とは思っていたのだが、暗殺者の件は聞いて知ってはいたものの、ここで別角度から再度聞かされる事になるとは思わなかったのだけれど。
そんな私たちをやはりシュミットさんも振り返って足を止め、どこか満足そうに好々爺然とした佇まいで眺めながら、穏やかな口調で私たちに向かって語りだした。
「まぁ、儂が答えられる範囲でしか話せぬがの」
で、ご老人特有の長々くどくどと話し聞かせてくれたその内容を要約すると───
当時まだ今よりかなり若く、血気盛んで闇のエルフだった名匠フーベルト・シュミット氏は、その頃エルキングが邪悪な魔力を行使し、不当な手段でスヴァルトアールヴヘイムを完全掌握しようとしていた時期で、それに反発した闇のエルフやドワーフ達が蜂起し反政府運動をしていたそうで。
しかし反旗を翻すには既に時遅く、いつの間にか反政府勢力はエルキングの蠱の呪詛により支配されてしまった一部の闇のエルフ達から密告され、拷問などによって炙り出されてしまい───
そして「悪貨は良貨を駆逐する」───様々な流言飛語などの卑劣な手段により自殺に追い込まれたり、謂れのない罪で投獄されたり国外追放されたり、闇討ちで葬り去られたりし、次第に残っていた仲間も耐えきれず離脱していったという。
シュミットさん曰く、どんな時代もどの世の中も、為政者や権力者は自分たちの利益のためだけに動く場合が殆どなのだそうだ。
こう言うとお決まりのように、「それの何が悪い ⁉」と肩を怒らせ「弱い奴が悪いんだ!」と自分は弱者じゃないアピールをしてくるらしいのだが、誰かを蔑ろにして恨みを買ってしまえば、そんなことは些細なきっかけで簡単に覆ってしまうのはどんな世界でも同じだ、とシュミットさんは言うのだった。
だったら手を携えて隣人と笑い合えるような場所を、皆で対話しながら作ってゆければ良いのだ、と老ドワーフの名匠はしみじみと口にした。
とは言え、そんな道理が通らないのも世の中───
結果、最終的に首謀者としてシュミットさんを含む数名が捕らえられるという悲劇的な結末を迎えたらしく。
そんなシュミットさん達に言い渡された罪状は、反逆罪による終身刑という名目の、当時建築中だった『桂魄の宮殿』の人柱とされる刑罰───事実上の死刑であった。
色々あって精根尽き果てました……そんな訳で、また後ほど誤字脱字加筆修正させて下さい
【’25/04/02 誤字脱字加筆修正しました】