ナエポルエ・ユニオン【2】
『終わりのない黒の洞窟』はその名の通り、何処まで続いているのか誰も知らない───それは常に変動し、拡張し続けているからだ。
まるで洞窟そのものが生きているかのように。
安易にこの洞窟に足を踏み入れた者は、すぐにこの場所へ来たことを後悔するだろう。
何時の間にか帰り道を見失い、永遠にこの洞穴を彷徨い続ける破目になるのだから。
そして二度とは外へ出られない事を、その命を以って知るのだ。
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そんな話をカイルから聞いてゾッとしたのも束の間、すぐにこの洞窟の事を誰よりも知っているのがスヴァルトアールヴヘイムの巨匠フーベルト・シュミット氏だと聞き、私は心の中で諸手を上げて喜んだ。
実はカイル、地味に『終わりのない黒の洞窟』の出口が判らず、たまたま見つけた広めの場所で野営してただけだったらしく───その事実を聞いて、いろんな意味でこーわっ、と私が身震いしたのは言うまでもなく。
しかしなぜかこの洞窟、割と簡単にそこら辺の外には繋がっており、ついさっきまで私たちが外の雪景色を眺めていられたのはそのせいな訳で。
ただ洞窟自体からは出られても、スヴァルトアールヴヘイムの極北の広大無辺な森林地帯───鉄鎖の森は、いわゆる日本で言うところの青木ヶ原樹海のような所で、方位磁石がまともに効かないばかりか魔溜まりが異様に濃い地域らしく、聖精魔法などの白魔法が上手く使えない場所とのことで。
つまり、外に出られたとしてもスヴァルトアールヴヘイムの果てしなく続く樹海で永久に彷徨い続ける憂き目に遭い、下手をすれば『終わりのない黒の洞窟』の無数にある別の出入口に辿り着いてしまう始末だという。
結局南極水道局───どっちに転んでも迷い続ける天然の迷宮みたいな場所ってことで……あ、洞窟だから迷路と言った方が正しいのかも。
無論、この底なし沼みたいな迷路もどきの洞窟には、かなりのお金になる資源がごろごろ眠ってたり徘徊してたり埋まってたり襲ってきたりするような、美女エルフがウハウハするかなりエグい地帯なのだが、それはまた後日談で。
とは言え成る程、バフカウフなんかの魔獣や妖魔たちがこの場所に集まってくる原因もその話で納得できた。
それと、黒髪の青年が呑気に野営していた理由も───要するに、シュミットさんが迎えに来てくれると判っていたからなのだろう。
とにかく、カイルとそんな信頼関係に結ばれている老ドワーフの名匠は、マーガレットさんの母親のことを何故知っていたのか?
恐らくここに捨てられていたカイルの件と、無関係ではないような予感が薄っすらとしていた。
───いやまさか、マーガレットさんとカイルが異母兄妹とか恐ろしい話になんか、ならないよ……ね?
私だけがそんな一抹の不安を抱えたまま、再び遠大で暗鬱な洞窟内に、その黒髪の青年に手を引かれながらすごすごと戻ってゆく。
脳内に地味にドナドナが流ていたのは言うまでもなく。
うじうじ考えてたって仕方ない───つか、何で私がこんな訳判んないことで悩まなきゃいけないんだ……?
本来なら私はマーガレット・マクシェインじゃないのに。
何だ、この気持ち……私は一体、何なんだ─── ⁉
そして意を決し、魔光石化した蛍石を使用した真鍮製と思しきランタンを腰の黒革のベルトに下げ、私たちを先導してくれているシュミットさんの小さいながらも頑丈そうな、その頼り甲斐のある背中に向かっておずおずと言葉を切り出してみる。
「……あの、それでシュミットさん───いくつか質問があるんですが……訊いても大丈夫ですか?」
私が洞窟内の足場のかなり悪い、獣道とも言い難い尖った大小の岩や砂利に足を取られながら、恐る恐る口を開いた。
「何じゃ、妙に改まって」
「あの……居酒屋での、ローズマリーさ……いえ、私の母の話を」
私がそう口火を切ったところで、はっとしたようにカイルが私を振り返り、少し困惑して何か言いたげな表情を見せる。
そんな黒髪の青年の反応に、私は無意識のうちにすっと視線を外してしまっていた。
「あぁ…… あの時はローズマリーと間違えてしまってすまなかったな。あんたがあまりにも若い頃の彼奴にそっくりだったものでな……まさかその娘さんとはの───長生きはしてみるもんじゃ」
そんな私たちを知ってか知らずか、老ドワーフは遠い目になりながら言い訳めいた調子でそう独り言ちるように話し始める。
ランタンの淡い光が私たちの影を、鍾乳石や石筍などにゆらゆらと照らし出す中、私は小さくなりそうな声を頑張って絞り出しながらどうにか質問を続けた。
「それで私の母はこちらではどういう───その、私、母の事はほぼ判らないんです……兄の話だと、私を産んですぐに亡くなってしまったとしか……」
以前、こちらの世界の私の兄であるヴィンセントさんとローズマリーさんの話になった時、その行方を訊いてみたのだが、どこか申し訳なさそうな表情をその白い麗貌に乗せたかと思うと、なぜか詳しくは教えてくれなかったのだがその事実だけを伝えてくれたのだった。
「……そうか、なるほどのう。まぁ、端的に言えば、ローズマリーは儂を殺しに来た暗殺者じゃ」
古ノルド語沼で溺死寸前で、更に相変わらず睡魔に襲われてます……変な所に拘るのはやめなきゃと思いながら───また誤字脱字加筆修正させて頂きとう存じます
【’25/03/30 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/04/11 加筆修正しました】