ナエポルエ・ユニオン【1】
「おお、炎に巻かれてバフカウフに連れ去られたと聞いておったが、無事で何よりだ」
あの騒ぎを聞きつけ、スヴァルトアールヴヘイムの国匠であり、カイルをこの『終わりのない黒の洞窟』で見つけ、そのまま育ての親になってくれたというドワーフのフーベルト・シュミットさんが私たちを心配し、この底なしに広い洞窟内を探してわざわざ私たちを迎えに来てくれたのだ。
因みにバフカウフは、この後で聞いたシュミットさんの話によると、元は遙か昔に二クセやリンフェなどの呼び名があった水の精霊だったらしく、子供を水辺から遠ざけたり悪天候を知らせたりするような存在でもあったらしい。
それがいつの頃からか凶暴化し、気づけば名前もバフカウフなどと呼ばれるようになっており、泥酔して夜遊びばかりする男性を襲う魔物と化し、この『終わりのない黒の洞窟』を根城にし、スヴァルトアールヴヘイムの皆から恐れられるようになってしまっていたという。
更にそのシュミットさんの話で思い当たった黒髪の青年が、精霊だけではなく人間の女性の負の感情らしき不気味な残滓を感じ、かなり疑問に思ったらしいのだが───私が中途半端に気にするだろうからそれは言わなかったとの事で、美女エルフとヴィンセントさんには報告するつもりではあったらしく。
私自体も後からそれを聞かされて色々引っ掛かりは覚えたものの、この時点で私には全く判りようのない話だったので、とにかくそう言う意味でも早く里和ちゃん達と合流したいとしか考えられないでいた。
いずれにせよ『終わりのない黒の洞窟』を知りつくしているらしいシュミットさんが迎えに来てくれて、ここから無事出られそうで心底ほっとしていた訳なのだが、それ以前の問題が地味にあったりなかったり───
そしてその問題のうちのひとつが、むっとした調子の思念伝達で私を責めてくる。
『……メグ、オレ様を散々カイルの盾に使いやがって───これで貸し4、だぞ。覚えとけよ!』
………はい、すみません、すみません……覚えてます覚えています───前回居酒屋で、私が酔っ払った勢いで自分で自分のこと思い切り白状した時に、弥七っつあんが銀の首輪に仕込んでた魔水晶の通信器でカイル呼んどいてくれてたのと、今回ので、ね……。
ほんといつも助けてもらって有難いと思ってるし、実際は弥七が言う以上に色々助けてくれてるとも思ってるし……本気で以後気をつけます、もうお酒に呑まれないように気をつけます。
こうなってはどちらが主か判らない方向で、私は心の中で思い切り自分の不甲斐なさに項垂れた。
こんなんで大丈夫か、自分───
何せその時の私はまだカイルに抱き寄せられた状態で、鯖トラ小猫をその相手の端正な白面に貼りつかせ、ばつ悪く苦笑いをしたままシュミットさんの方に顔を向けていた訳で。
「……しかしカイル、暫く会わぬうちに随分とお主、性格が変わったな───そのエルフの嬢ちゃんお陰かの?」
「そう? 俺としては何も変えてるつもりはないんだけど……」
カイルは全然動じた様子もなく、自分の顔に貼りついていた弥七を左手で軽く首根っこを摘んで剥がし、ぽいっと投げようとしたので慌てて私がその手を掴んでその狼藉を阻止する。
……それが本当なら、この状態がある意味黒髪の青年の本来の性質って事に……なるんだろか?
私は内心うっすらと青ざめながら鯖トラ小猫を抱き戻し、なかなか私の体を解放しようとしないカイルの長い両腕の中から抜け出ようとジタバタしていると、特に意に介した風もなくぎゅっと抱き締めてきて言うことには───
「でも、メグと出会えた事は幸運だと思ってるよ」
うっ……人前でやめてよ!
私は顔がかーっと異常に熱くなるのを覚えながら、キッと傍らの青年を睨み上げる。
するとようやく、流石のカイルもたじろいたように私を一瞥し、軽くその意志の強そうな太めの眉根を顰め、それでも戯けたようにシュミットさん向かって少し肩を竦めてみせた。
そこで私の腕の中の鯖トラ小猫化してる使い魔が、喉の奥でくつくつと笑いながら思念伝達してくる。
『諦めろ、メグ───カイルにからかわれてるぞ、お前』
そんなの……判ってるよ!
同じように私をからかってくるネコ科の従魔に、然しもの私もかなりイラッとし、ぶっちゃけ後で覚えとれよ、状態と化していた。
その微妙に混沌な私たちの状態に、シュミットさんはやれやれといった表情になり、かなり呆れたように口を開いた。
「そうか───だが、あまりしつこく迫ると嫌われるぞ、お主。嬢ちゃんの表情見えとるのか?」
「……判ってるよ」
スヴァルトアールヴヘイムの名匠の忠告に、やっと黒髪の青年は渋々といった風情で私を解放してくれたのだった。
「シュミットさん、ご助言ありがとうございます」
私が喜色満面で老ドワーフの名匠にそう礼を述べると、カイルはモロ不満げにそんな私を眺めていた。
いやいや───これはこれで何気にあとが面倒かも。
そんな私の懸念をよそに、シュミットさんは私たちを洞窟の中に戻るよう促す。
「それじゃ、黒鉄の狼城下へ戻るとするかの。『終わりのない黒の洞窟』も最近魔物が増えておるから、前よりもっと安全ではなくなっとるし、皆お主らを心配して帰りを待っておるのだからな」
そこで私はふと、もやもやしていた疑問を思い出す。
そうだ、マーガレットさんの母親のこと───
人目の少ない今のうちに訊いといた方がいいかも。
遅くなった上に睡魔にも勝てずミスタッチの連続でとにかく眠いっス……
また誤字脱字加筆修正するとは思いますが何とぞご了承願います
システムアップデートしてからスマホが挙動不審……メモ帳で書いてるんですが、反応おかしくて困ってます
【’25/03/26 誤字脱字加筆修正しました】