スティルヌソルプ【10】
弥七の話によるとその時の私は、酔った挙句の錯乱状態で訳の判らない言葉をいくつか叫んだ後、数瞬、時が止まったかのように動かなくなり、無表情のまま紙のような顔色になって淡々とした声音で詠唱したらしい。
「スルト、我が元へ!」
途端に私の全身から真っ赤な火柱が上がり、その高さの不明な暗く烟るようなスヴァルトアールヴヘイムの下町の天空を焦がした。
更に無感情な、まるで別人のように冷たく硬い調子で私の詠唱は続く。
「無慈悲な手───」
今度は私が持っていた柄頭に大粒のホワイトオパールのついたサンザシの魔杖が、猛炎の剣に変化する。
そしてそのまま、駱駝色の奇っ怪な獣に乗られてその激しい重さに襲われ押し潰されそうになっている黒髪の青年と、オリーブグリーンの鱗に覆れた長い尾に絞め上げられている私の黒いネコ科の従魔を苦しめていた相手に向かい、躊躇いなく突き刺した。
辺りを悽絶な野太い雄叫びが響き渡る。
それに巻き込まれるように、私たち全員が灼熱の焔に包まれ大炎上する。
その騒動を聞きつけ、私たちの周囲を歓楽街の物見高い酔っ払い連中がたちまち集まり始めた。
しかしそれと同時に周囲の空間が歪みだし、どん、と鈍い打撃音と共に私たちはそこから移動させられていたという───
当時その場にいたスヴァルトアールヴヘイムの住民たちは何があったかほぼ理解出来ないまま、石畳の中央を何かが爆発したような、そこそこ巨大に抉れたクレーターのような窪み跡に目を白黒させていたらしい。
かくして気づけば、私たちはカイルが乳飲み子の時に捨てられてしまったこのスヴァルトアールヴヘイムの極北にある洞窟───『終わりのない黒の洞窟』へと、私によってピンチに陥ったバフカウフの転移魔法により、連れて来られてしまったという。
やはり後に判った事だが、バフカウフはその背に乗った者が一番恐怖する場所であったり、その場所自体が無ければ彼の縄張り内で類似の地下世界に誘い、そこで恐怖を味わわせながら連れてきた者を屠っていたらしい。
この巨大な洞窟内部へ私たちが最初に連れて来られた場所は、だだっ広い地底湖と蛍光色に淡く明滅する不思議な苔が印象的な、風光明媚と呼んでも差し支えない美しい所だったらしいが、残念過ぎるほど私にその記憶は無く、ぶっちゃけそれどころでもない場面でもあったりした訳で───
そこに到着早々、空中から現れる事となった私たちは、まず一緒に燃えていたカイルを地底湖へ突き落として鎮火させ、それから弥七を鯖トラ小猫にしてからやはり同じように地底湖に放り投げたという。
とは言えなぜかこの時、私の魔法の炎による火傷や挫創などはなく───質の良い強大な魔力と、高等級の魔法の使い手であればそれが可能なのだが、私がそれをこの緊迫した場面で冷静に使っている事実に驚きを隠せなかったらしい。
なので一応、二人とも私が助けてくれたとは言ってくれてるものの、かなり乱暴な助け方だったのは否めなく、微妙にご立腹モードではあったのたが。
そしてもっと激怒していたのは───
駱駝色の奇異な姿の獣は、私と一緒に業火に包まれ焼かれながらギリギリと歯噛みするように、私たちに向かって忌々しく露骨な呪咀の礫を投げつけてきた。
「おのれ……よくも───この外道共め! 赦さぬ……決して赦しはせぬぞ………汝らはここで永劫の悪夢に苛まれながら苦しみ踠くがいい ‼ 」
いやいや、どの口が言ってんの、と私が意識があればそう思っていたかも知れないが、色んな意味で残念な私は空のように無表情のまま、全身が赤々と燃え上がる燎原の火に包まれたバフカウフの胴体に猛炎の剣を刺し貫いたまま、再度呟くように詠唱した。
「無慈悲な手───繰り返す」
その言葉が終わると同時により一層炎の勢いは増し、駱駝色の奇っ怪な獣と私は空中に浮かんだまま爆炎の嵐に幾重にも巻かれ、赤からオレンジ、黄、白、青白色の火球へと変色し、この巨大な洞窟一杯に膨らんでいったのだった。
やがてその青白い火球からバフカウフの遠吠えに似た断末魔が、この空間を切り裂くように反響したのだという。
す、睡魔に勝てません……また後ほど続き書かせて下さい
毎度ではありますが、古ノルド語は間違ってる可能性が高いので何とぞご了承願います
【’25/03/15 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/03/19 誤字脱字加筆修正しました】
何か、色々書き間違っててすみません……掘ってきます