スティルヌソルプ【8】
……………え?
その言葉に私は硬直する。
な・ん・で・す・と───?
このタイミングでその重大発言、地味にまた頭真っ白くなるからやめて欲しいんですが……。
「ち、ちょっと、それってどういう───」
私は思い切り右手で黒髪の青年の頭を自分の耳元からブロックし、詳しく話を聞くためにもそれまで呆れ顔で私たちのやり取りを見守っていた鯖トラ小猫を呼んで間に入ってもらう───勿論、気のいい弥七はそれを本気で嫌がったが、主である私には逆らえない。
それどころか元の大きな黒ジャガーに戻ってもらい、あからさまに私の盾になってもらう事にした。
その間隙に以前、可愛い魔導師見習いから教わっていた治癒魔法で、こっそりと二日酔いの頭痛を和らげる───色んな意味でまだ何が起こるか判らない状態なので、できる限り体調は良くしておかないと。
とは言え、そんなに魔力消費をしないはずの治癒魔法を、できる限り軽めに使ったつもりだったのに、逆に目眩が酷くなったのには閉口した。
この程度の魔法で魔力酔いするなんて……。
懐かしさすら覚える不快感に辟易しつつも、スヴァルトアールヴヘイムに来てから何だかどんどんカイルの様子がおかしくなると思ったら、そのせいだったのかと物凄く腑に落ちた私なのだった。
兎にも角にものべつ幕なしに人前で変に迫られてしまうのには、何とかしてもらわないと私が非常に困ってしまう訳で。
そんな自分たちの前に、ばつが悪そうにどっかり鎮座する梅花紋柄の綺麗な私の黒い使い魔を見上げ、カイルの表情は忽ち憮然としたいつもの無愛想な表情に戻ってしまっていた。
「……だから、言葉通りだよ───こんな事になるんなら言うんじゃなかった」
こんな事って、今は私にとっても結構重要な話なんですが。
「つまり、私を信用してなかったってこと?」
「違う。余計な気を使わせたくなかったんだよ」
「そんなの……話してくれない方が、キツいよ」
「あ゙ー……ほら、その顔。俺はおかしな同情はされたくないんだよ」
……まぁ、それは判らないでもない。
私も片親だったからよく可哀想がられたし、さもなくばそれで馬鹿にされるかのどちらかだったし。
年齢関係なく人間は無意識のうちに上下関係を決めてこようとするのだ───要するに、カイルや私は両親が揃っている家庭より下位の存在に、その瞬間から格付けされてしまう訳で。
そんなの親には言えなかったけど。
普通に接してくれる人って意外にいなかった記憶がある。
でも、それがある意味普通───
もし同じ立場になったとしても、判ってくれない人間などごまんといる訳だし。
皆、自分だけが大変で、自分だけが特別だと思い込みがちだから。
私が無意識のうちに弥七に抱きついてそんな考えに沈み込んでいると、流石に悪いと思ったのか、黒髪の青年はかなりばつが悪そうに、それでも妙に淡々と言葉を続けてくれていた。
「確かに、こんな魔獣が闊歩する最悪な場所に捨てられて、実の親に死んで欲しいと願われたこの命でも───聞こえは非常に悪いんだが───俺は自分は恵まれてる方だと思ってるんだよ」
その掛け値のない、やけに明るく話すカイルの言葉に私ははっとして顔を上げる。
「それでも不幸って言われればそれまでなんだが、スヴァルトアールヴヘイムでドワーフの爺さん達に拾われて皆から可愛がられたし、尖ってた時期も……まぁ、なくはなかったけど、その上アールヴヘイムでヴィンに魔法剣士として見出だされて、同じような立場の捨て子孤児連中から見りゃ、俺なんか相当ツイてる部類なんだと思うんだ」
私はその黒髪の青年の言葉に虚を突かれた。
これも里和ちゃん達からこの世界について数度聞かされていた話なのだが、この世界は私たちの世界で言うところの中世辺りの時代感覚らしく───厳密に言えば微妙に時代も文化も前後していたり、変に混ざり合っていたりするので私達のいた世界の時代感覚とは全く同じとも言えないらしいのだか。
それでもやはり、私たちのいた世界と悪い部分はほぼ同じらしく、権力者や為政者たちは弱者や貧民を自分たちの手で意識的、作為的に作り出し、それを自己責任論で糊塗し、自分たちが都合よく搾取するための言い訳と手段に使っていると言う。
なので、カイルのように様々な理由で───主に経済的理由で───自分の子を売ったり捨てたり、果ては盗んでゆく事は、この世界でも悲しいぐらい日常茶飯事的に行われているらしい。
とは言え、上を見ても下を見てもきりが無い話だけど、自分を見限って捨てた親兄弟じゃなくても、きっといつか、誰かがそんな自分を愛してくれる───貰えたその愛の分、その人はきっと誰かを愛することが出来る存在になれるのだと思うし、愛が何かを理解することも出来る人になれるはずだと私は思いたい。
それはどんな形であっても、生きていられればこそ、なんだと思う。
「……強いんだね、カイル」
私はそこまで達観視出来ないし、これからも出来るかどうかなんて全然判らないぐらい心身共に弱めだけど。
だから私みたいな中途半端な存在が、こんなしっかりした相手に何かしてあげられるとか、そんな奢った事なんか言えないし出来ないだろうけど。
それでも心の底から思えた事がひとつある。
私が出来ることは多分、それぐらいしかないはずだし。
「そうか?───でも本気でそう思うようになれたのは、フーベルト爺さん達や、ヴィン……あんま認めたくないが、リワ達と一緒にこの世界中を旅して見て回る事ができたからなんだと思う───お陰でこうして真夜にも会うことが出来たし。俺なんか、本当に全然恵まれてるんだよ」
その言葉に、もう迷う必要はないと私は思った。
そしてそのまま、黒髪の青年に抱きついていた。
ずっとカイルのそばにいたい───
ところがそのすぐ後、私は自分自身に起こった残酷な現実を聞かされる事となる。
寝落ちしてbackspaceを押してしまうのを、何とかしたい……何書いてたんだ、自分
そんな訳でまた後ほど誤字脱字加筆修正させてもらうと思いますが、何とぞよしなに
【’25/03/08 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/03/18 少々加筆修正しました】
【’25/03/20 誤字修正しました】
【’25/04/06 加筆しました】