スティルヌソルプ【6】
私が叫ぶように詠唱した防御魔法は、炎となって黒ジャガーと謎の駱駝色の奇っ怪な獣の間を縫うように割り込んだかと思うと、それぞれに蛍光レッドの炎の障壁を展開し、その衝撃にそれぞれ背後に弾き飛ばされていた。
「弥七っ……!」
その凄絶な光景に微妙に酔いが覚め、私は黒髪の青年の両腕からするりと滑り降りるが、かなり情けなくふらついてそのすらりと長い足許に座り込んでしまう。
うわ、酔いが足にキてるし……!
その事実にもう深酒するのは止めようと地味に決心したのは言うまでもなく。
「メグ、今立つのは無理だ。弥七が時間稼ぎしてくれてる間に逃げるぞ」
すると多少困惑気味な響きの声が後ろからしたかと思うと、再び両脇に背後の主の手が差し入れられてきたので、私は慌ててそのまま抱え上げられるのは断固拒否する。
「逃げるって、あの獣って何なの?」
「あいつはバフカウフだ───あんたを安全な場所に保護してもらってから、俺がちゃんと弥七を助けるから心配するな。あいつの始末はそれからだ」
始末……。
それってきっと殺してしまうって事、だよね?
後にライカちゃんから聞いた話によると、バフカウフという異形の獣は普段、地下の温泉や下水道などに潜んでおり、夜の深い時間帯になると水辺や噴水などに現れ、酔っ払いなどの夜更かしをする人々を襲ってはその背に乗り、そのまま自分の巣まで連れ帰らせてから危害を加えていたという───ただ、なぜかバフカウフは女子供には危害は加えなかったらしく。
この時、可愛い魔導師見習いがにこやかにバフカウフについてかなり残酷な内容の話をしているのを聞いて───結構グロいのでここでは端折ったけど───日本の子泣き爺と似てるな、と私は思った。
いつからバフカウフがこの怪異な姿で人々を襲っていたのかは判らないけど、それ以前に聞いた私の兄になってしまったヴィンセントさんの話によると、魔物や魔獣などと呼ばれている者たちも元を糺せば、自分たちのルーツと同じようなこの世界に数多いる精霊の一人だったのだと聞いた。
それまではそう言うものだと、特におかしいとも思わず思考停止していたのだが、ヴィンセントさんのその話を聞いて以降、私の中で奇妙な違和感が徐々に膨らんでいった。
何で自分たちに害なす存在は全て敵対者として、抹殺してしまわなければならないのだろう?
そこでようやく、回らなくなった思考が一つの答えに到達する。
あっ、そうだ、解毒魔法!
それでも酔いで一人で立てない現状に変わりがなかった私は、情けなくカイルに支えてもらいながら、今度はドルイドマントの懐からサンザシの魔杖を取り出し、ホワイトオパールのついた柄頭を掲げ、再度詠唱をしようとしたその時───
私を支えていた黒髪の青年の体から激しい衝撃が伝わってくる。
え……?
びくっとして振り返ると、そこには先ほどどこかに吹っ飛んだはずのバフカウフと呼ばれている魔物が、いつの間にかカイルの背に乗っかり私の顔を覗き込んでニタリと笑っていた。
嘘っ…… ⁉
私がその状況に絶句して金縛りに遭ったかのように硬直しながらそれを見上げていると、バフカウフに乗られてその重みからか前傾姿勢になっていた黒髪の青年は、呻くように苦しげに口を開く。
「……油断した」
いや、それは私も同じ───!
「光の鍵 ‼」
私はそんなカイルの背に図々しく乗っかっている駱駝色の奇怪な獣に向かい、振り向きざまにそう叫びながら魔杖の柄頭を突き出す。
ところが一瞬にして蛍光レッドの火炎が防御壁となってその間に張り巡らされ、あっさりと私の拘束魔法を跳ね返していた。
そうだった……!
私は弥七とバフカウフが互いに傷つけ合わないよう、双方に強い防御魔法をかけてしまっていたばかりだった───
「……我に不要な情けをかけるからだ」
地の底から涌き上がってくるような憐れみにも似た声が、私を嘲るようにそう告げてくる。
「その言葉、そっくり手前に返すよ───盾を破壊する毒の波!」
今度はそんな聞き慣れたバリトンボイスが降ってきたかと思うと、黒ジャガーが詠唱しながらその獣の背後に襲いかかった。
「笑止───!」
駱駝色の奇異な獣はそう叫ぶと、そのグロテスクにうねり動く大蛇の如きオリーブグリーンの鱗で覆われた長い尾で、私の黒いネコ科の使い魔の全身を絡め取った。
辺りに黒ジャガーの悲痛な叫びが反響する。
「もう、やめて!───光の弓 ‼」
その悲惨な光景に、私は完全に錯乱状態に陥り無闇に叫んでいるばかりだった。
そうして私の記憶は、そこからぷっつりと途絶えてしまっていた。
古ノルド語の詠唱は生成AI翻訳やウェブ翻訳等使わせてもらってますが、恐らく間違ってる可能性があるので何とぞご了承願います
【’25/03/03 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/03/12 微加筆修正しました】