スティルヌソルプ【3】
*続きを読んで下さっている方へ*
話がつながらない場合、地味に前回新たにお話を追記してありますので、お時間ございましたらお読み下さい
気になさらない方はそのままどうぞ
私のその言葉に、今まで騒がしかった場が一斉に静まり返る。
あっ……しまっ、た……!
咄嗟に両手で口を押さえるが、既に時遅し。
今ここで一番しちゃいけない話をしてしまっていた。
そしてそこで自覚する。
自分が普通に酔っ払っていた事実に───
すると再びひそひそ声がし始める。
「……えっ ⁉ 今の話、何だ?」
「マーガレットって、今回の『黒鉄の狼城』を破壊した魔法使いの、か?」
「あの呪われて400年眠ってたって噂のエルフだろ?」
「嘘だろ……ローズマリーの娘って ⁉」
「どういう事なんだ……?」
あぁ、やらかした……!
自分が蒔いてしまった種の大きさに、自分で勝手にあわあわ動揺しまくっていると、後頭部に軽い衝撃が走る。
地味に目から星が飛ぶ。
『落ち着け、メグ』
鯖トラ小猫化した私の使い魔が、思念伝達と同時に強めの猫パンチをお見舞いしてくれたようだった。
弥七っつぁん……!
『調子に乗って酒なんか掻っ喰らってるから、おっちょこちょいかますんだぞ───まぁ、安心しろ。手は打った』
だって無茶苦茶美味しかったんだもん……って、手を打ったって───?
その弥七の冷徹な言葉に、私の目は徐ろにぐるぐると回りだし、訳の判らないまま手にしていたジョッキで追い酒をしてしまっていた。
ヤヴァい、やっぱ美味いし……!
そして判りやすく私の周りの世界がぐにゃりと歪みだす。
明らかに飲み過ぎだ、と自覚しまくったところで、私の背後からぬっと手が伸び、持っていたジョッキが取り上げられる。
「戻るのが遅いと思ったら、こんなところで引っ掛かってたんだな」
聞き覚えがあるどころの騒ぎじゃない低めのテノールが頭上から降ってきた。
私は目を眇め、ゆっくりと見上げる。
回転する視野の中、当然のように黒髪の青年の逆さまの白皙がそこにはあった。
うわ、カイル……!
それと同時にドルイドマントのフードがぱさりと脱げ、隠していた顔まで完全にこの場にいる全ての者に晒してしまっていた───ついでに左肩に潜んでた鯖トラ小猫も顔を出す。
あまりの間抜けさに、一瞬で時間が止まる。
あー……詰んだ。
何やってんだ、自分───全てが裏目る。
飽くなき己の馬鹿さ加減に気が遠くなっていると、頭上の視界で逆さに揺れる端正な面立ちの黒髪の青年がくすっと笑ったように見えた。
あれ……?
怒ってないの?
つか、怒らない、の?
カイルがいつもの説教モードにならないのには、やはり訳があるようだった。
私から取り上げたジョッキの中身を、なぜかそのまま喉を鳴らしながら一気呑みし、いつもの彼からは想像がつかないほど親しみある笑顔で正面の相手に向って挨拶する。
「やっぱこの店のビールは美味いな───フーベルト爺さん、久し振り」
え。
カイルまでこのドワーフのお爺さんと知り合いなの ⁉
本当にこのお爺さん、何者?
「おぉ、何じゃ、この娘───お主の僚友か?」
「そ。仲間でもあるし、俺の───」
私が阿呆面を晒したまま酔いの回りきった上向き状態で、その場で死亡的遊戯をしていると不意に目の前が暗くなり、私の唇に少々アルコール臭のする熱い吐息が間近にかかる。
途端になぜかこの瞬間だけカッと酔いが覚め、私は反射的に頭上の相手に両手挟み撃ちビンタを食らわせ、それを既のところで阻止した。
……………この世界にはいない天使が通った気がした。
だかしかし───
全然俄然平然とした表情が私を見下ろしていたかと思うと、再び困ったようにふっと笑み零れ、また正面の老ドワーフに向って宣言するみたいに口を開いた。
「───っと、こう言う訳だから、周りのナンパな連中に手ぇ出すなって伝えといて」
「……どういう訳じゃ。伝えるも何も───確かにエルフの中でも綺麗な嬢ちゃんだが、あやつらにそんな度胸などないじゃろ」
ふと周りを見ると確かに、このドワーフ爺さんの言う通り目を点にしたまま、ドワーフや闇のエルフ達は毒気を抜かれたようにポカーンと私たちを眺めているだけだった。
「だといいんだがな。それじゃ、帰るぞ」
黒髪の青年はそう言って軽く肩を竦めると、私を両脇から仔猫のようにひょいと抱え上げた。
予想外の展開に、私はわあ、と間の抜けた悲鳴を上げる。
そしてそのまま、相も変わらず全身黒ずくめなカイルの意外に逞しい胸に抱きつく形で抱え込まれていた。
お酒が回りきってるせいか顔がやけに熱い。
心臓が耳元で爆音をかき鳴らしている。
視界はぐらぐらと揺れっ放しだ。
あぁ……でも物凄く安心する。
黒髪の青年のこの匂い。
何だろう、この不可解な気持ち……?
メリーゴーランドのように巡る思考と感情に完全な酩酊状態になり、私は前後左右にゆらゆらしていた頭をカイルの肩にがくんと落とす。
そんな私のざわざわしている心中をよそに、老ドワーフと黒髪の青年は旧交を温めていた。
「何じゃ、久方振りに会えたというに───ここの美味い酒でも飲んでゆけば良かろう」
「そうしたいのは山々だけど、もうこの娘が限界みたいだから───とにかく、このメグのお陰でまたスヴァルトアールヴヘイムに自由に来られるようになったし、後で一緒に遊びに来るよ」
「そうか……良い娘さんに出会えたのだな。やはり、お主をアールヴヘイムに預けたのは間違えではなかったな」
「フーベルト爺ちゃんには心から感謝してる───あー、それと、そこの女の子は別口で迎えが来るから、それまで頼むよ」
気づけば、アマリアちゃんは酔い潰れてテーブルに突っ伏して可愛らしい鼾をかいている。
それを見た私は一緒に残ると管を巻いたのだが、カイルに酔っぱらいの妄言とあっさり却下されてしまった───要するに、このフーベルトさんに任せておけば全く問題ないという話なだけで。
そしてこの後に起こる出来事の更にそのあと、今回黒髪の青年を呼んだ弥七から聞かされる話になるのだが、この老ドワーフこそ銀次君が探していたというスヴァルトアールヴヘイムの名匠のフーベルト・シュミット氏だと知ることになるのだった。
悩んだ挙げ句にかなり長くなってしまいました……
睡魔に襲われまくるので、また後ほど誤字脱字加筆修正させて下さい───あー、そういや猫の日だ
【’25/02/24 誤字脱字加筆修正しました】