スティルヌソルプ【2】
私が青みががった白髪の闇のエルフの少女の、手にしているシュタインに似た陶器製のジョッキの中をひょいと覗くと、中身がすっかりあっさりがっつり見事に飲み干されていた訳で。
よく見ると、そのアマリアちゃんのパーシアンレッドの大きな双眸は完全に据わっていた。
も……もしや、絡み酒?
これは宜しくないかも、と私が微妙に危惧し始めた頃、いつの間にか私たちの対面に鎮座していた老ドワーフは溜め息混じりでその問いに答える。
「何って、そりゃ例の『桂魄の宮殿』でお主を助けたとかいう魔法使いリワに直接頼まれて、城の再建の準備をしておるに決まっておろうが」
え、このお爺さん里和ちゃんと会ってるんだ。
「もうリワ様に会ってたんですか……」
私の気持ちを代弁するかのようにそう呟く闇のエルフの美少女は、そこで気が抜けたように思い切り脱力する。
しかしこのドワーフのお爺さん、一体何者なんだろう?
私が内心首を傾げていると、眼前の老ドワーフは手にしていたシュタインに似たジョッキを一口あお呷り、その酔いが回り切ってるかのような赤ら顔で喋っているとは思えない冷静な口調で話し出す。
「いくら最終的にあの美人さんが優秀な術者たちと『黒鉄の狼城』を魔法で建て直してくれるにしても、肝心の建材がなくては流石に元の城には戻せないからのう」
その老ドワーフの言葉に、私は地味にはっとさせられていた。
自分のいた世界での魔法というモノの勝手な解釈で、何もないところから全てがぱっと出て来るような簡単な代物ではないのだ、と。
後に里和ちゃんが、以前アールヴヘイムで三日三晩寝ずにたった一人で詠唱して『光芒の宮殿』を顕現させたと言っていたのも、やはりそれに見合った代価、と言うか代償みたいな物をちゃんと揃えた上で行われた秘術だと聞く破目になる訳なのだが。
そんな浅はかな私をよそに、アマリアちゃんは通りかかったドワーフの店員さんが運んでいたトレイの上から、泡立ったひとつのジョッキを取り上げ、またその愛らしい外見に適わぬ仕草で豪快に一口呷ってから話を続ける。
「それは判ってますけど、外部からの依頼も散々───」
「だから、そういう依頼はもう受けぬと言うておろうが」
「そんな話が通用するなら、今頃スヴァルトアールヴヘイムはこんな状態になってませんよ」
「いや、逆じゃよ。ワシは永く生き過ぎた……己の飽くなき探究心に取り憑かれて、な。そのせいで多くの失われなくていい命が奪われてしまったのだからな」
その老ドワーフの言葉に思わず私の眉根が寄る。
何か、物騒な話になってきたけど……まさかこのお爺さん、猟奇殺人犯とか言わないよ、ね?
そんな私の不穏な視線に気づいたのか、急におぉと何かを思い出したかのように私に向って口を開いた。
「そうじゃそうじゃ! そのブルーグリーンの瞳───お主、ローズマリーじゃろ?」
え、それってマーガレットさんの母親の名前では…… ⁉
と、私が思ったのも束の間───私の周囲の空気がざわっと蠢いたようだった。
「えぇ……? ローズマリーって、あの、スヴァルトアールヴヘイムとアールヴヘイムのいざこざの原因になったってヤツか?」
「待て待て待て。ありゃかれこれ千年以上前の話だろ?」
「フーベルト爺さん、酔いが回り過ぎだな」
「いや、シュミットさんも歳だし、ただボケてんじゃねーのか? どちらにしろ、ローズマリーなんてとっくの昔に……」
それまで楽しげに私たちを取り囲んでいたドワーフや闇のエルフ達が、酔いが覚めたみたいに急に声のトーンを落とし、こちらをチラ見しながらひそひそと話を始めた。
あれ……これってかなりマズいかも。
私もたちまち冷や水を浴びせられた心地になり、再びドルイドマントのフードを深く被り直しながら、どうこの場を切り抜けようかと必死で考えを巡らせていると、隣りに座っていたアマリアちゃんが急にジョッキを握っていた手を細かく震わせ始める。
「……な、ななな何言うですか、しゅしゅシュミットさんっ。こっ、こちらの方は、そそそそそんなおかっ、おおおおおお方では───」
ちょーっ!
そんな判りやすく動揺しないでくれる、アマリアちゃん ⁉
面白さと紙一重な怯え方をする彼女の態度が、変に伝染してしまった私は更に焦りまくり、ついもっと言ってはいけない言葉を自ら発してしまっていた。
「い、いや、それは私の母で、私はその娘のマーガレットです!」
睡魔に勝てません……また後ほど書かせて下さい
【’25/02/19 誤字脱字加筆修正しました】