ジャーン・ウールヴ【10】
で、結局、毒気をすっかりあっさりしっかり抜かれてしまった私は一旦美女エルフを探すのを諦め、アマリアちゃんに改めてスヴァルトアールヴヘイムを一通り案内してもらっていた。
何せここは件のマーガレットさんの母親と、カイルの生まれ故郷でもある訳で───
実際この間、私が『黒鉄の狼城』があった巨大な空洞にうっかり落下してしまったのを、黒髪の青年が偶然(?)助けてくれた時、本当は時間があれば自分が案内してやりたかった、みたいな事をぼそっと言っていたのを思い出す。
そこでベルンハルト氏と旧知の仲らしいヴィンセントさんが、無理に頼み込んでアマリアちゃんが私の案内人になってくれた、と。
当初里和ちゃんをかなり感情的になって無闇矢鱈と探し回っていた私は、ただでさえ捕まりにくい相手にぶっちゃけ魔法で索敵……もとい、探索移動しまくっていたのだが、自分より術も魔力の質も上の相手に敵う訳もなく───途中で判りやすく力尽きたのだった。
とにかく色んな意味で疲れ過ぎて思考停止状態になってしまった私は、せっかくの機会なので単純に観光気分で楽しむことに決めた───と、言うより完全なる現実逃避と言えなくもない。
何せその直前まで元の世界に戻る事ばかり考えていたのだから。
でも鬼冷静に弥七からそれを逐一指摘されると、出来ないことばかりに思いを募らせてここから逃げ出したとしても、現状の私ではどう仕様もないのは身に沁みて判ってはいた。
とどのつまり、今自分が出来得る最大限のことを、この先後悔しないためにも自分なりに頑張ってやるしかない訳で……我ながら何度も懲りずに挫けては、同じようにこの考えに帰結できるものだと呆れてもいる。
とは言え、何が合ってて何が間違ってるのか───何をどう選択したらより良い方角へ向って進んでゆけるのか?
この世界での経験値が少な過ぎる上にそもそもの運が悪い私には、まだまだ判りようも無かったり。
「あのー、マーガレット様?」
怪訝そうな響きを帯びた鈴の音のような少女の声が、不意に私を底なし沼の如き自分の思考から現実に引きずり出した。
はっとして傍らの声の主に視線を移すと、青みががった白髪の闇のエルフの少女が不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ……ごめんごめん! ちょっとぼーっとしちゃって」
「お疲れのようですね───時間も遅くなりましたし、もうお城に戻りましょう。今、迎えを呼んで参ります」
「あっ、それは大丈夫。歩いて帰るよ」
みんな『黒鉄の狼城』の再建で忙しなく働いてるのに、私だけただでさえ観光気分でこんな風にスヴァルトアールヴヘイムを方々見て回った挙げ句、馬車でお迎えなんて特別扱いされてたらきっと天罰が下る。
それにいい加減、私もスヴァルトアールヴヘイムの復興の手伝いをしなければならないだろう───と、言うより、自分のためにも手伝いたいのだ。
実際は私がやった事ではないけど、どうもそんな理屈は通用しない状況だし、こうなってしまって今更、里和ちゃんを責めても過去と現実は変わらない訳だし。
せめて前を向いて進んでいきたい───まぁ、後ろ向きでも先にゆけばある意味前に進んでるも同然だろうし。
そう決心してしまえば、何だか今までうじうじしてたのが阿呆らしくなってくる。
そんな私の心中をよそに、自分の役目を全うすべくアマリアちゃんは私を諌めようと口を開く。
「でも───」
「まだ黒鉄の狼城下の見てないところ、ゆっくり見ながら戻りたいんだ。だって、アマリアちゃんに案内してもらえて、スヴァルトアールヴヘイムの良いところ沢山見せてもらえたから……本当に色々ありがとう。私一人じゃここの右も左も判らない状態だったし、とても感謝してる」
「マーガレット様、そうは申されましても───!」
正直変に疲れてはいたが、私は極力にっこりと笑顔でそう答えると、何か言いたげなアマリアちゃんの背中を両手で軽く押しながら先へ促した。
常に夜闇に似た薄暗がりの空間が広がる中、『黒鉄の狼城』の城下町は石造りで迷路のように道が入り組んで張り巡らされていて、まるでモロッコのフェズ旧市街地を思わせるエキゾチックな風情があった。
酒場の店先では、仕事終わりと思しき闇のエルフやドワーフ達が食事をしながら楽しげに酒盛りをしている。
そんな賑わいをみせる様々な飲食店から漂う美味しそうな匂いが私の鼻孔を擽り、一気に空腹感に襲われた私はそのままふらふらとその中に入っていきたい衝動に駆られていた。
すると、そんな私の視線に気づいた一人のドワーフが、酒臭い息を吐きながら私たちに声を掛けてきた。
「よぉ、可愛い嬢ちゃん達、ワシらと一緒に飲まんか?」
その赤ら顔の老ドヴェルグのナンパな言葉に、私に背を押されながら歩いていた闇のエルフの美少女は、とても驚いた様子でぱっとそちらを見て口を開いた。
「シュミットさん ⁉ こんなところにいらっしゃったんですか ⁉」
うーん……もしかするとがっつり加筆修正するかもですが、何とぞご容赦願います
【’25/02/16 誤字脱字加筆修正しました】
結局南極水道局な加筆修正になってしまいました