ジャーン・ウールヴ【8】
その声のした方に顔を向けると、そこには青みががった白髪から覗く尖り耳に浅黒い肌を有した小柄な少女が、かなり怯えたような表情で佇んでいた。
「アマリアちゃん……!」
思わず私がその名を口にすると、眼前の闇のエルフの少女はびくりとして私を見上げたかと思うと、慌てた様子でパーシアンレッドの大きな瞳を忙しなく左右に目配せしながら、そのほんのりと苺色した小さめの唇をおずおずと開いた。
「えっ…… ⁉ えっと……あの、どこかでお会いしてましたか……?」
あ、マズい。
彼女と会ったのは美女エルフの姿の時だった!
「───あ、そうそう! 魔法使い里和からあなたの話、聞いてて───聞いてた通りの可愛らしい女の子だったんで、そうかなーって……!」
私は引き攣りそうになる顔の筋肉を、どうにか笑顔に保ちながらそう言い訳をしてみる。
すると、青みががった白髪の闇のエルフの少女は、はぁ、と曖昧な返事をしながら訝しそうに首を傾げた。
「そう……ですか。えっと、不躾ですが、こうしてお話させてもらってると、何だか……その、不思議と初めてお会いしたような気がしないんですよね」
ぎくり……。
アマリアちゃん、臆病そうだけどそれだけ用心深いし、実はかなり洞察力とかありそう───素晴らしい美点だけど、今の私にとっちゃちと厄介かなー。
「そっ、そおなの? そんな風に親しみやすく思ってもらえるなんて、私としては嬉しい限りなのだけれども……」
言葉の語尾が微妙に震えて棒読みになってしまったが、にっこり笑顔のまま、極力柔らかい調子でそう誤魔化してみる。
何せ今や私、スヴァルトアールヴヘイムですっかり遠巻きに恐れられているし、アマリアちゃんにそう言ってもらえるなら───
ところが、であった。
ちょっと青ざめながらかなり焦った様子で、闇のエルフの幼気な少女は頭をぶんぶんと左右に振り、両手を胸元近くに上げて更に激しく左右に振り始める。
「いっ、いえ、決してそういう訳では……! 図々しく申し上げてしまって───どうかご無礼をお許し下さい ‼ 」
ぐっさり───
闇のエルフの美少女の口撃!───私は5963のダメージを受けた!
食い気味に全力否定されたので、どうにか頑張って自分を支えてた私の心は一気に瀕死状態になった。
「あ、そう、全然ダイジョブダイジョブ……うん、気にしないで……ホント、アマリアちゃんが無事で何より───って、里和ちゃ……もとい、魔法使い里和ならね、きっとそう言うと思うの」
精神的ダメージがデカ過ぎて、最早自分でも何を言っているのか判らなくなっていた。
孤独だ……。
もう誰かに何かを期待してしまう気持ちは捨てよう。
そんな事を茫然と考えていると、背後から何やら柔らかい物が、結構強めに私の体を叩いてきた。
自分の暗黒面に埋没しかかったところで、はっと我に返り左側を見ると、少し怒った様子の黒ジャガーが鎮座していた。
……あ、弥七。
そこでアマリアちゃんは私の大きな従魔の存在に気づき、ぎょっとして少し後退りながら私たちを注視し始める───小さな猫は好きでもネコ科の巨獣は苦手なのね……。
『阿呆か。考え過ぎだ───今はオレ様がそばにいるんだから安心しろ、真夜』
相変わらず私の防御のゆるい思念が弥七にダダ漏れだったようで、黒いベルベットのドルイドマントの上から少し太めの尻尾が、私の足をくるりと巻いてぽんぽんと軽く叩いてくる。
『真夜は自分が思ってるより全然孤独なんかじゃないぞ。第一どんなに美人だって万人から好かれる訳がないのは、あんたの友達のリワを見てりゃ判る事だろ? とにかく、真夜の欠点は自己評価が異常に低いところだな』
その厳しいとも言える真っ当な言葉に、私は思わず泣きたい気持ちを堪えてがばっと、自分の黒く大きなネコ科の使い魔の首根っこに抱きついてしまっていた。
でもね、美女エルフが万人に好かれてないのって、今回私がやった事になってるスヴァルトアールヴヘイムにしてしまったような真似を、いくら悪人を懲らしめるためとは言え、方々で散々やってしまって本気で恐れられてるからに過ぎないのであって、ね……うん、ま、いっか。
弥七っつぁん、ありがと───大好きだよ。
『おいおい……そりゃオレ様じゃなくて別な奴に言ってやれよ』
徐ろに私と黒ジャガーが無言で戯れ合いだしたので、闇のエルフの美少女は完全にぽかーんと呆気に取られたまま、そんな私たちを気色悪そうに見守るしかないようだった。
後に美女エルフの使い魔で従者でもある蘭丸さんから聞いたところによると、銀次君がちゃんと気を失ってたアマリアちゃんを保護し、騒動が多少落ち着いてきたところでベルンハルトさんに送り届けたらしく。
って、それはそうと、アマリアちゃんは一体何しに私のところに来たんだろ……?
うーん……睡魔に勝てないのでこの辺で
また懲りずに誤字脱字加筆修正しますが、何とぞよしなに願います
【’25/02/07 誤字脱字加筆修正しました】
雪投げ(雪かき)が大変です……