ジャーン・ウールヴ【4】
「───こら、真夜。心の声がオレ様にダダ漏れだぞ」
そこで私のベッドサイドからひょっこりと、艶やかな梅花紋柄の黒ジャガーが顔を出す。
うっ……弥七っつぁん。
当然ながら私の使い魔たる弥七が護衛として常時そばにいてくれている訳なのだが。
私と弥七は相性が良いのか、それとも私が無意識のうちに思念を飛ばしてしまっているのか、普段からよくこういった事がある。
助かる事の方が多かったりするのだが、こういう時はマイナスに働いてしまう───変に隠し事が出来ないのだ。
改めて自分が寝かされている周りをよく見ると、古びた煉瓦造りの壁に囲まれた、城の内部にあるにしてはかなり粗末な雰囲気の部屋である。
しかしここ、どこの部屋なんだろ?
なぜか窓も無いし、天井も圧迫感を感じるほど妙に低い。
だから薄暗かったのか。
壁にはいくつかの金属製のアンティークなデザインのガラスの灯籠台が、頼りない光をゆらゆらと放っているだけだ。
その上皆から、自分たちの誰かが迎えに来るまで不用意にこの部屋から出ぬよう厳命されていた。
駄菓子菓子!
そんな風に言われてどこの誰が大人しく言う事なんかきく訳もなく───
私はゆっくりと身を起こすが、それでもまだ目の前がくらっとし思わず右手で頭を押さえる。
また可愛い魔導師見習いから、大釜で調合された苦いハーブティーとか散々飲まされたりしたんだけどなぁ。
「逃げるって、そんな調子でどこへどうやって逃げる気なんだ? 真夜が消えたら皆悲しむぞ───特にカイル辺りが」
子供を叱りつけるような調子のその問いに、私は更にうっとなって声を詰まらせる。
まぁ、結果必要とされてこの世界に呼ばれていたと言うことは重々承知してはいた───ただ、その方法には全然納得してないんだけど。
つか、カイルに至ってはヴィンセントさんや里和ちゃんに頼まれてるとは言え、今となってはある意味ほぼストーカー状態で、ワタシ的にはそれはそれでどうなんだろう、と思う昨今ではあったり。
当のカイルはと言えば現在、やはりイアンさんや蘭丸さん達と今回の騒動の後始末で駆けずり回っているらしく、私が彼の目の前でぶっ倒れたのを保護してもらって以降まだ会ってはいない。
そんな状況の中、短絡的にここから逃げると言っても確かに、現時点ではこの為体な上に全くの無謀かつ無計画な話なんだけども。
私が阿呆の子状態で硬直していると、流石の黒ジャガーも呆れた様子で溜め息混じりに諌めてくる。
「とにかく、オレ様には筒抜けなんだから気をつけろ」
むっちゃ正論をかましてくる従魔に、がしっとその顔を掴み、私は思い切りわしわしと撫でくり回し始める───多少の腹立たしさも込めながら。
「弥七っつぁんに丸聞こえだっていいじゃない。ここで私が唯一家族だと思えるの、弥七ぐらいなんだから!」
もうこんがらがりまくって自分でもおかしなこの感情を、どう表現したら良いのか悲しいぐらい判らなくなっていた。
張り詰めていた緊張の糸が、あの母との邂逅のせいでぷっつりと切れてしまったのだ。
すると、そんな私の顔を黒ジャガーが思い切り真正面からべろりと舐めた。
ぎゃっ…… ⁉
粘質の涎とざらりとした感触が、痛気持ち悪い───つか、顔の肉が削げるかと思うほどに。
「何だ、ホームシックか?」
「……弥七っつぁん、痛いよ」
つか、涎で顔がでろでろなんですが。
ホームシック……?
私はサイドテーブルに置いてあった綿のナプキンと思しき白い布に手を伸ばし、取り敢えずそれで顔を拭った。
元の世界に帰りたいと思ったせい、なんだろうか?
それじゃあれはただの夢だったとでも言うのか───
そう言えば、銀次君とアマリアちゃんは……?
そんな風にとりとめもなく思い出しながらふと見ると、いつの間にか弥七の背後に人が立っていた。
……あれ?
さっきまでこの部屋、誰もいなかった……よね?
それどころか、この人───全身ボロボロな上に傷だらけで流血していて、顔面はぼこぼこに腫れ上がってどす黒い色に変色し、片目の眼球が眼窩からこぼれ落ちてぶらぶらしている。
私は少ない血の気がもっと引くのを感じつつ、更に目の前がくらくらしながらどうにか口を開いた。
「や、弥七……後ろ後ろ……!」
私の黒い梅花紋柄の使い魔は、あん?と首を傾げながら背後を振り返る。
ドイツ沼と城沼で溺れてました……底無し過ぎる
そんな訳で毎度ですがまた後ほど続き書かせて下さい
○「こんがらがる」←△「こんぐらかる」「こんぐらがる」……うーん
【’25/01/24 誤字脱字加筆修正しました】
車で峠道を滑走してきました……生きてて良かった
【’25/01/26 加筆修正しました】