ジャーン・ウールヴ【2】
色んな意味でかなり辟易しながら、貧血で目の前がモアレ模様に霞んでくる最中───
美女エルフに『桂魄の宮殿』の後始末をぶっちゃけ丸投げにし、くらくらしながら黒ジャガーの背中で正体のない自分の分身体を前に抱え、どうにか踏ん張って宮殿の外まで出てくると、今やすっかり聞き慣れてしまった低めのテノールが遠退く私の意識を辛うじて引き留める。
「真夜っ……!」
モアレの充満した視界の中、堪りかねた様子でこちらへ駆けて来るその黒ずくめのモデルのような背高い姿に、我知らず自分が安堵している事に気づいた。
あー……もう、頑張らなくてもいい、かな?
「……カイル、無事で良かっ……た───」
私はそう呟くや否や、電源が切れるみたいにあっさりと視界が暗転していた。
××××××××××
消毒液のような、薬臭い匂いが辺りに漂っている。
あー……また手術しないといけないのか……。
全身麻酔が切れた後のあの怒涛の痛みにまた耐えなきゃいけないのかな。
幼い頃から病気がちで、痛みに耐えて痩せ我慢をする事は覚えたが、決してそれに慣れたくて慣れてしまった訳ではない。
痛みに泣かなければ周囲の大人はそれを大袈裟に褒めそやし、馬鹿な子供だった私は泣いてもこの痛みから逃れられないのなら、せめて泣かずに我慢して周囲の大人達から褒めてもらう事を選択した生狡い子供だった。
だからと言って、次々と襲う鋭い痛みが消える事は無かったのだけど。
ふと気づくと、白い部屋に自分が浮かんでいるようだった。
あれ、どこだ、ここ……?
病院には違いないのは、そこに酸素吸入器や点滴なんかの管がたくさん繋がれた誰かが寝かされていて、心電図モニターらしき機器も置かれていたからで───
その傍らで、見覚えのある女性が声を上げて泣いている。
『真夜……! なぜこんな事に─── ‼』
母さん…… ⁉
そして、そのパイプベッドに寝かされていたのは、顔色が全くない私なのだった。
よく見ると、その私たちの周囲には医師や看護師たちが所在なげに佇んでいる。
その悲壮な姿にショックを覚えた途端、私の体は急激に重力を自覚したかのように下に引っ張られてゆく。
母さん、私、ここ……!
私はそう叫ぶが、母は泣き崩れ、一向に私に感づく気配がない。
いや、急いで私の体に戻らないと…… ‼
だが、そうこうしてる間に私は床に吸い込まれ、更に下へ下へと落ちてゆく───
そしていつの間にか、真っ暗な空間を落ち続けていた。
うっ……こっ、この感じはっ…… ⁉
みるみるうちに加速度を増してゆく自由落下に、当然の如く底無しの恐怖しか覚えない私の意識は一瞬にして遠くなりかける。
『……真夜!』
そこで誰かが私の名を呼ぶ。
『行くな、真夜───もう俺を独りにしないでくれ……!』
その絶叫に近い声と同時に、誰かが私の左手を掴んだ気がした。
そちらに視線を移すと、闇の先に何かが輝いているのが見える。
白くマルチカラーの遊色効果が綺麗な光が迫ってくる。
その手は明らかに私をそこへ導いてくれているようだった。
近づいて来るにつれ、その神々しい輝きは見覚えのある像を結び始める。
あれは、巨大な樹……世界樹───?
天辺に奇妙な巨鳥が留まっている。
やがてその上までやってくると、私を掴んでいた手がふっと消え、急激に何かに引き込まれるかのように輝く巨大樹に私は吸い込まれていった。
そこで、どこからか知らない声が私に囁きかける。
『お前はまだ、私達のところへ来てはいけないよ───』
え、何で?
何で駄目なの……?
─────さん……………!
×××××××××××
ゆっくりと自分という闇の中から意識が浮上して、全身にまったりと溶けてゆくような微睡み。
ふと意識が戻ると、私は薄暗い場所で寝かされているようだった。
………ここは?
動こうとするが、体に鉛が詰まっているかのように動かない。
その自分の状態に今度はぎくりとする。
こっ、これはまた……初めてこの世界に来た時の状態に似てるけど、まさか、ね───
「お、真夜、起きたか?」
その私の視界に、黒い梅花紋柄の毛皮を有した黒ジャガーが穏やかな表情でひょっこりと顔を出した。
わぁ、弥七だ〜……!
そう理解した途端、視界が一気に歪む。
「大丈夫か?───って、何で泣いてんだ……まだどっか痛むのか ⁉ ───待て待て、今誰か呼んでやるから」
俄に泣き出した私を見て、かなり慌てた様子でおろおろと辺りを見回す私の黒い使い魔に、私は自分でも意外なほど冷静に口を開いた。
「私は大丈夫だから、安心して、弥七───ところでここ何処?」
「……ホントか? まぁ、取り敢えず、今オレ達がいるところは、エルキングが居城にしてた『黒鉄の狼城』だよ」
もう言うまでもないかもですが、古ノルド語はウェブ翻訳など使わせてもらってますが、恐らく間違ってる可能性が高いのでご了承下さい
因みに読みは「黒鉄の狼」です
また誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【’25/01/14 誤字脱字加筆修正しました】
あれ……後書きの半括弧がちゃんとルビ化してる……前から?( 怖い考えになっている
【’25/01/18 加筆修正しました】