デュフル・ヘジン【10】
*続きを読んで下さっている方へ*
話がつながらない場合、地味に前回新たにお話を追記してありますので、お時間ございましたらお読み下さい
気になさらない方はそのままどうぞ
その場の時間が一瞬にして凍りついたようだった。
誰かが遠くで悲痛な声音で叫んでいた気がする。
うわ……やっちゃったな、これは───
この場面でこんな失敗、里和ちゃんならしないだろうに。
つか、本人から迂闊だって間違いなく怒られる。
私はそんな事をぼんやり考えながら、口から大量の液体が吹き出るのを他人事のように感じていた。
ぐらぐら揺れだす視界の中、珍しく焦った表情になっている私の黒い梅花紋柄の使い魔が、おろおろと私の周りを彷徨きながら不安げに思念伝達してくる。
『メグ……しっかりしろ! 今、助けを呼んだ───すまない、大口叩いた癖にちゃんとメグを守れなくて……オレのせいだ!』
あー、弥七……弥七っつぁんのせいじゃないのに……私の脇が甘かっただけだなんだから───そんな悲しい顔しないで。
撫でて慰めてやりたい気持ちをぐっと堪え、私は美女エルフにぼんやりと謝罪する。
ごめん、里和ちゃん……やっぱ私に里和ちゃんの後釜は務まらなかったみた、い───
しかし、ふとそこで我に返る。
いや、待て待て……そんなに簡単に諦めていいの、か?
まだ里和ちゃんからここに連れて来られた本当の理由、聞けてないだろ───
それに小さい頃から病弱で色んな人達に助けられて生き延びてこられて、癌になってもまた周りに助けられて2回の手術にめげずに耐えて生き残れたんだし。
今だって、訳も判らずこの世界に連れて来られてしまってはいるけど、里和ちゃんやヴィンセントさん、ライカちゃんやカイル達───
この世界の沢山の人達にも助けられて、皆に良くしてもらえて、ここまでどうにかこうにか生きてこられた。
だったら今の私にはまだ、やれる事ある、だろ───!
こんな極限状態にも拘らず、いわゆる走馬灯にもならない奇妙な数瞬を味わった後、じわじわ焼けつくような痛みが広がりだすベットリと濡れた胸元を魔杖を持った右手で押さえ、再度呪文の続きを唱えようとした時だった。
まさかの声が私の耳朶を打つ。
「………やったぞ」
目の前のヘルヤのぽってりとした艶っぽい紅唇から、喜色に満ちた嗄れ声がやけに静かに呟く。
「ついに……ついに此奴を殺してやったぞ……!」
粘着質で身勝手極まりないその言葉に、私の中の怒りのスイッチがカチリと入った。
う・る・さ・い…………!
そして激しい憤りのまま心の中で叫ぶ───
スルト、我が元へ!
言い終えるや否や、私の全身から巨大な紅炎が噴き上がる。
弥七、私から離れて───!
その刹那、私の黒い従魔にどうにか思念伝達でそう伝えると、忽ちその炎は相手の目を覆っていた私の左手や胸に突き立てられていた炎刃剣のような王笏に似た杖を伝い、銀髪金眼の美婦の濃艶で肉感的な全身をも包み込んだ。
同時にヘルヤの口から絹を裂くような悲鳴が辺りに反響する。
「ヘルヤ様っ!」
すぐ傍にいたベルンハルト氏が、炎に臆することなく慌てた様子で暴れ出すエルキングの娘の嬌艶な肢体をその身で受け止めた。
私はそれに微かに瞠目しながら、ヘルヤの美貌から左手を離さず再び叫ぶ───
「Þeir, er eru stjórnaðir af myrkrinu,
(闇に支配される者よ、)
farðu frá þessum höfuð strax !」
(速やかにこの者から去れ!)
気づくと私の胸に突き刺さっていた奇怪な王笏っぽい杖が炎で焼け落ち、艶めかしい美婦の体から炭化した人影のような炎の塊が分離したかと思うと、そのまま玉座の階段を転げ落ち、大理石と思しき床の上を嗄れた悲壮な悲鳴を撒き散らしながらのたうち回りだした。
「あらら、派手にやってるね〜」
その最中、不意にそんなキンキン声がどこからともなく降ってくる。
「お疲れ! 後は任せて」
美女エルフが颯爽と現れ、持っていた水晶の魔杖を振って火達磨のままの炭化した影のようなエルキングをあっさりと捕獲するのであった。
私はその神々しいまでの里和ちゃんの勇姿に思い切り安堵する。
やっぱり本物はパチもんとは放っている雰囲気が断然違う。
それほどこちらの世界での彼女は、同性の私から見ても文句なく魅力的な存在なのであった。
ところがすっとこどっこい───
瀕死一歩手前のダークブロンドの青年の一文字眉が、あからさまに怪訝そうに顰められる。
「……師匠が、二人───分身体?」
あ、ヤヴァい。
今回の古ノルド語もウェブ翻訳使いまくってますが、合ってるかどうかは微妙ですのでご了承下さい
また誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【’25/01/12 誤字脱字加筆修正しました】