デュフル・ヘジン【8】
その方々から上がる野太い絶叫に、ぎょっとして周囲に視線を巡らせると、白い大理石の床から沸き上がる禍々しい昏い靄々に、闇のエルフやドワーフなどの衛兵たちが襲われていた。
うっそ……!
私は焦って持っていたサンザシの魔杖を振り、叫ぶ───
「光の弓!」
持っていた柄頭にホワイトオパールがついた魔杖が光りに包まれ、瞬く間に黄金色に輝く弓の形に変化する。
そしてそれを迷うことなく天に向け、光の弦を引き絞りながら声を張って唱える。
「遍く降り注げ、光の雨 ‼ 」
すると何もなかった会の空間に白光が凝縮し始め、大きめの鏑のような鏃のついた光の矢が出現した。
そのふわっとした温かさを右頬に感じながら弦を引き絞り、一気にとき放つ───
光の鏑矢はメスキータの円柱の森に似たこの大広間の、派手な装飾の施された高い天井の中央まで飛ぶと、火花が飛び散るように無数の光が放射状に展開してゆく。
それが広い玉座の間のあちこちで黒い魔障の靄に襲われていた者たちの上に降り注ぎ、光の膜となってその全身を覆った。
今や黒いアメーバ状に変化し、この室内にいた者達を呑み込もうとしていたエルキングと思しき不気味で昏い靄々は、その光の膜に触れた途端、焼けるような音を立てて蒸発するみたいに消され始める。
その度に嗄れたニワトリの断末魔のような絶叫が、大広間中を気色の悪い斉唱となって反響していた。
ところがよく見ると、着ていた者の形のまま残された隊服やブーツ、彼らが持っていた旗やリボンで装飾されていた長槍などが大ホールのそこかしこに倒れたまま点在しており、中にはアマリアちゃんと同じ服装のものも見受けられ更にずきりと胸が痛んだ。
間に合わなかった……。
だが、ちゃちで傲慢な自分の感傷に浸っている暇など無かった。
今度はベルンハルトさんの鋭い叫びが私の耳に飛び込んでくる。
「エルキング様、何をなさるおつもりですか…… ⁉ 」
帯刀していたツヴァイヘンダーを構えたベルンハルト氏が、鬼気迫る表情でグロテスクな動きをする黒靄と対峙していた。
その背後にはすっかり様相の変ってしまった王女ヘルヤが、怯えたまま銀鼠の髪色した闇のエルフの偉丈夫に震えが止まらない様子でしがみついている。
『邪魔だ、退け……! 退かぬなら、おのれ諸共我が血肉の力の源となるがいい─── ‼ 』
不意に昏い奇っ怪な靄が、大きな投網が広がるみたいに二人に向かって覆い被さろうとする。
───が、激しいバースト音と発光がその悪意の投網を霧散させた。
っしゃ……!
私は内心ガッツポーズをとる。
私の放った光の鏑矢がちゃんと効いている。
『おのれ……おのれ、小癪な小娘め───また我の行く手を阻むか!』
この円柱の森に似た奇妙に華美で大きな空間に、地の奥底から涌き立つような怨嗟の嗄れ声が不気味に反響する。
その小娘は私じゃないけど、この小娘も僭越ながら頑張ってご老台のこれ以上の破滅的状況を悪化させないために努力させて頂いてますよ───不本意ながら。
そこで突如、脳裏を移動拠点でのあの忌々しい記憶が次々とフラッシュバックしてくる。
うわ、嫌だ……!
早く忘れたい───
そう、本当はこれ以上こんな訳の判らない真似ばかりするゴブリン爺さんになんかに関わりたくない。
あぁ、我ながら損な性格してる───こんなことしたって、誰からも当然としか思われないだろうに。
それどころか皮肉屋からは善人ぶりやがってと罵られさえする。
良い人と言われてしまう者は所詮、どうでもよい人にしか過ぎないのだから。
でも関わってしまった以上は、目の前で恐怖に慄いている闇のエルフやドワーフ達を捨て置く訳にはいかなかった。
なぜって、自分が一番悔やむだろうから。
あー、里和ちゃんも私も大馬鹿だ───
「ミッシャ、私に何かあったら迷わず逃げて」
私は背後の二人にそう言うと、思念伝達で私の黒い梅花紋柄の使い魔に呼び掛ける。
弥七、お願い───!
毎度申し訳ないですが、また寝落ちして書けなくなってきたので、また後ほど誤字脱字加筆修正させてもらいます……何とぞ良しなに
因みに、古ノルド語はウェブ翻訳さんですが、恐らく地味に間違ってるかもなのでご了承下さい
【’25/01/02 誤字脱字加筆修正しました】
明けましておめでとうございます