デュフル・ヘジン【7】
「……げほごほがほ……そりゃ、あなたをこのまま死なせる訳にはいかないからよ。ちゃんとこれまでの騒動のけじめをつけてもらわないとね」
私はわざとらしく咳払いをしつつ、意識的に小さな掠れ声を苦しそうに出しながらそう伝える。
バレたら阿寒……もとい、いかん。
これまで頑張ってどうにか喋らずに通してこれたが、こうなっては変に黙っている方が却って怪しまれてしまう。
しかし案の定───
「……? 師匠、風邪……ですか? エルフも風邪なんて引くんですか」
こんなに憔悴しきってるのに、ちゃんと痛いところを突いてくる。
ちっ……やっぱ気づくじゃないの───私と美女エルフじゃ声質が違い過ぎるんだから!
里和ちゃんの阿呆っ。
流石、伊達に『逆転の魔女』の一番弟子だった訳じゃない。
そこで私は怯まず堂々とにこやかにカッスカスの声音で予め用意してあった答えを、いまだ燦然と自ら光を放ちながら胸を張って宣う。
「ごほっ……残念ながら、いつもの実験よ。詠唱実験だったから、また失敗して喉痛めちゃったの」
いや、エルフだけに千歩譲って病気になるにしても、薬草使った魔法でソッコー治しちゃう訳だし、それぐらいこの稀代の魔術士君はご存知だろうから。
すると今までの悪事が全て嘘だったかのように、ダークブロンドの青年はそれまでに見せた事のない幼い子供みたいな笑顔を浮かべ、くすりと失笑してから口を開いた。
「……またそんな事ばかりしてるんですね───師匠らしい」
それだけで判る。
あぁ、やっぱりこの人は───
「……………だから僕は、そんな貴女を諦めきれなくなるんだ……!」
その弱々しげながら血を吐くような告白の言葉に、私は胸を突かれた。
同時に、仕方なかったとは言え、相手を騙してしまっているこの状態にズキズキと良心が痛んだ。
これは香月真夜が聞くべき言葉ではないのに───
そして妙な違和感を覚えはたとする。
あれっ……これってもしや、里和ちゃんの方、が………?
ところがそこで、悍ましげな女性の悲鳴が上がる。
そのただならぬ異様な気配にはっとして振り返ると、銀髪金眼の美婦のすらりと伸びた肉感的な足元から、昏く禍々しい靄が立ち上ってくるのが見えた。
すかさず傍でその彼女を支えていたベルンハルトさんが、私が放つ黄金色の光にいまだ苦しむ濃艶な美貌の王女の前に出て庇う体勢を取る。
やがて堪えきれなくなったようにヘルヤは叫んだ。
「父上、お止め下さい……!」
え、父上?
って事は───エルキング ⁉
やっぱり自分の娘を見捨てられずに?
……その割には、何だかヘルヤが変に怯えて、る……?
先刻までの威張った虚勢はどこへやら───ベルンハルト氏の上着の腕を握りしめ、びっくりするほどガクガクとその身を震わせている。
まるで幼気な少女の如き風情で。
こりゃ一体どう言う事態だ?
私はかなりぽかーんとしつつも、マックス坊っちゃんとミッシャがいる場所に速やかに退避する。
私の中の本能がそうした方がいいと激しく警鐘を鳴らしてきたからだ。
気づくと、そのダークブロンドヘアに褐色の肌を有した青年の腕には、いつの間にかマーガレットさんの体が抱えられていた。
し、しまった、私の事…… ‼
優秀な部下を持つと、無能な上司はそれにますます拍車が掛かってしまう───つか、有能だと言われている上司の中には、私みたいな駄目な奴が敏腕の部下に恵まれてそう勘違いされてる場合も多いんだろうな、とかつくづく思う。
ミッシャ、私の尻拭いありがとう!
情けない主でごめん ‼
私もっと頑張らないと……!
然しもの彼も今回ばかりは私に苦笑を返さずにはいられないようだった。
そんな最中、もう一人のダークブロンドの青年がはっとした様子で声を漏らす。
「………あいつ、まさか───?」
「何か知ってるの?」
思わずそう訊き返すと、私はミッシャに思念伝達で拘束を解かずにマックスを床に下ろすよう指示し、密かに私たちの周囲に防御魔法を施した。
私が出来得る限りこの三人も守るつもりではいるが、そうじゃなくてもミッシャは魔力をごっそりエルキングに盗られてしまってるこの現状───その同じ泥棒にまた何をされるか判ったもんじゃないので、もしもの有事に備え、ミッシャが自分の身を守る事ができるように余力を残しておかねばならない。
「もしかすると、あいつ、自分の娘まで餌食にするつもりなのかも知れない」
そのまさかのマックス坊っちゃんの言葉に私が唖然としていると、更なる絶叫が私たちの耳を劈いた。
鬼のような鼻水と睡魔に勝てません……またまた後ほど続き書かせて下さい
【’24/12/27 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/01/05 誤字修正しました】
【’25/01/10 改行調整しました】