デュフル・ヘジン【5】
………そんなの、嘘だ。
私はその相手の言葉に茫然とする。
だって向こうには、蘭丸さんとカイルが……。
───カイルが!
一気にこの世界から切り離され、虚空に放り投げられた気がした。
冗談みたいに視界がぐらぐらと揺らぎ始めるのを感じていた。
心音が耳元で脈打つかの如く、生々しく私の鼓膜を叩きつけてくる。
訳の判らない脂汗がつぅーと背筋を流れてゆく。
ぐーんと視野が狭まり始める。
我知らず息が浅く荒くなる。
ヤヴァい……倒れる。
『───メグ!』
ところがそこで、闇に包まれそうになった思考を突き破る鋭い声と、そんな私の横面を何かが張り倒す勢いで現実へ引き戻した。
再び視界に強烈な黄金色の輝きが広がってゆく。
その聞き覚えのある低音で響きが良い声は、目映い光の中から聞こえていた。
『メグ、落ち着け───こいつはあんたに蠱をかけようとしてるんだよ!』
弥七!
私の頬を強く叩いたのは弥七の縞々の尻尾だった。
『あいつはそんなヤワな男じゃないだろ ⁉』
そう、だ───冷静になれ、私……!
つい最悪の事態を想定してしまう私は、ある意味常に心の癖に薄闇を飼っていた。
そしてそれが心の隙となり、悪意のある相手につけ入る間を与えているのだ。
もう迷わない───黒髪の青年の無事を自分で確かめないと!
争いは常に無益でしかない。
どんな争いであってもそれは同じだ。
どんなに本人が崇高な理念だと勘違いしてても。
もし得られるものがあるとするなら、それはただの虚しい自己満足だけだ。
だから私は暴力を受けたら抵抗はするけど、力で対立して戦うことはしない。
誰かを泣かせる事で得られる仕合わせなんか要らない。
隣りにいる誰かと笑い合える世界があればいい。
それは言うほど全然簡単な事ではないけれど、何も変わらないと行動しないより、少しでも変わる可能性があるように行動したい。
行動しなければ何も変わる訳などないのだから───
奇麗事だと謗られようと。
同じ自己満足じゃないかと笑われようとも、きっと私は争わない方を選ぶ。
一体それの、何が悪いと言うの?
私は私の望む未来と結末に向かって、自分の出来得る限りの力を使って頑張るだけ───
そして私は気づいてしまった。
魔術士ファーマンことマックス坊っちゃんの本当の目的に。
だからこんなおかしな形で終わらせたくない。
そこで私は一か八かの賭けに出ることにした。
サンザシの魔杖の魔鉱石がついた柄頭を、ダークブロンドの青年が吐いた蠢く黒いタールだまりに向け、また声に出さずに詠唱する。
『魔術士マイケル・ファーマンの分身たるミハイルに我は命ず───生命の光源、独善的支配の、穏やかなる解放、友愛による庇護、豊饒なる浄化を!』
すると黒くのたくる汚泥から奇怪な絶叫が聞こえてきたかと思うと、それはすうっと縦に伸び上がり人影のような形を取りだした。
やがてそこには、見覚えある暗めな金髪で褐色の肌を有した一人の紳士の姿に変化する。
「御意───主の御心のままに」
ミッシャ……!
しかしその時、深紅のドレスを纏った艶めかしい美婦が怒号に近い悲鳴を上げる。
「この外道……! 貴様、 妾の父上に何をしおった─── ⁉」
……………やっぱそう言うことね。
内心かなりげんなりしながら、いまだ私が発する光から焼かれているかの如く、じたばた苦しみながらも罵声を浴びせることは忘れない、臈長けた妖婦を目を眇めながら眺める。
ベルンハルトさんに上体を起こしてもらいながら言うほどの台詞じゃないよね。
まぁ、見方によっちゃ父親思いの娘さんと言えなくもないけど、自分たちが今までアールヴヘイムや私や里和ちゃん達にした事は外道でも非道でもないと思っているのだろうか?
いや、私たちに仇なす行為は正当な権利とか思ってるんだろうな───飽くまで自分たちは被害者という立ち位置なんだろうから。
そこでようやく、闇色したヘドロのような物を吐ききったダークブロンドの青年が観念したように口を開いた。
「やれやれ……やはり師匠には見抜かれてましたか。私とエルキングが魔術で同体化してたことを」
最近こんな調子で申し訳ないんですが、また後ほど続き等書かせてもらいますね
【’24/12/26 誤字脱字加筆修正しました】