デュフル・ヘジン【2】
「できればタダで済ませて頂きたい所存でおりますよ、ヘルヤ殿下」
魔術士ファーマンは飽くまで明るくにこやかに、銀髪金眼の不機嫌な美婦に対してあっけらかんとそう告げる。
「そちは妾の父上が執心しているそのエルフを捕えたと言うのなら、何故こんな所でゴチャゴチャと訳の分からぬ御託を並べておるのだ?」
「それは貴女様が私の師匠に直接手を下されぬよう、急ぎ馳せ参じた次第で」
……何で?
奇妙な違和感が私を襲う。
まさかこの人、里和ちゃんを助けに来たっていうの?
それまでに感じた気色の悪いどす黒い異様な圧迫感が、今のダークブロンドの紳士から不気味なくらい感じられなかった。
いや単に、気配を隠しているだけ、かも……?
今回も出現を察知は出来なかったのだし───それくらいこの人にとっては御茶の子さいさいだろうし。
美女エルフの最初の弟子にして優秀無比とまで言わしめた、彼女に匹敵するほどの魔術を駆使できる恐ろしい存在。
第一、里和ちゃんたちがずっとこの人を探し回ってて、そのつど既のところでいつも身を躱して逃げ回っていたこの得体の知れない人物が、何で今回に限って───
いや逆に、自分が直接里和ちゃんをっていう意味……?
だとしたら、尚更このままにはしておけない。
そうなる前に、私が───
内心そんな決意を固めていた私をよそに、目の前の空気が一気に張りつめだした。
「……ほんに、そなた達は妾をとことん愚弄したいのだな───よう分かった」
濃艶な美貌の持ち主が唾棄するかのようにそう言うと、今までの彼女からは想像もつかない身の熟しで跳び上がり、
「殺す!」
ダイレクトにそう叫んでファーマンの頭上を越え、私に向かって再度炎刃剣っぽい造形の王笏に似た杖を突き出し襲いかかってきた。
ところがまた私が防御するまでもなく、眼前の大柄なスーツ姿の紳士が空いている右手をヘルヤに向けて突き上げたかと思うと、無詠唱で蛍光グリーンに輝く障壁を繰り出し私たちを覆うように張り巡らす。
だか気づくと、上空にエルキングの嬌艶な娘の姿は無く、いつの間にかファーマンの目の前にその豊満な姿を現し、
「死の口づけ」
熱っぽい吐息と共にそう呟くと、ねっとりと濡れ光るその紅唇をダークブロンドの紳士の酷虐そうな薄い唇に重ねた。
そのヘルヤが詠唱した言葉を、私はかつて確かに聞いた覚えがあった───
次の瞬間、ファーマンは右手刀を薙ぎ払いながらその腕から白銀に輝く光の刃を目前のヘルヤに向け放ち、勢いよく後方へ跳び退いてゆく。
体の線もあらわな深紅のドレスをまとった豊満な肢体が、その光の刃をいとも容易く持っていたグロテスクな王笏っぽい杖で弾き飛ばし、同じく後方へふわりと着地した。
その色っぽい嬌容には、ぞっとするほどの醜悪な笑みが浮かんでいた。
「これは参りましたね─── 一応、ご馳走様でしたとでも言っておきましょうか」
ダークブロンドの魔術士は極めて快活にそう言ったかと思うと、不意にそのままガクリと膝から崩れ落ちた。
その光景が私の脳裏の中で激しい光の明滅とともに幾つもの記憶の断片と接続し、鮮烈な光の波となってフラッシュバックしてくる。
それらの中には今よりも若々しい印象の美青年なグリフィス王弟───マーガレットさんのお父上と、今の姿と怖いくらいに変わらない婀娜めく美貌のヘルヤが対峙していた。
今もなお変わらぬその黒き魔障のオーラでその身を焦がすがごとくに燃え上がらせ、この場の空間を饐えた臭いの満ちる冥府魔道に染め上げてゆくかのようだった。
『お父様───!』
マーガレットさんは迷う事なくその間に飛び込むように割って入る。
それは駄目…… ‼
私は声にならない声で絶叫する。
途端に、私の全身から凄絶な金色の光が放たれた。
睡魔に勝てないので、取り敢えず投稿させてもらいました(眠くてミスタッチ連打してしまう……
また後ほど誤字脱字加筆修正させて下さい
最近こんな感じでですみません
【’24/12/07 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/01/05 誤字修正】