デュフル・ヘジン【1】
雷鳴に似た激しい破裂音と共に、突如目の前に現れた大柄な影に、私は愕然とする。
その人物は、私に向けられたエルキングの嬌艶な娘が放った強烈な陰邪魔術の攻撃を、無詠唱予備動作が一切ない状態で中和する魔術を発動させていた。
私がサンザシの魔杖を構えたまま唖然としていると、その大きな人影の向こうで自分の魔術を無効化された人物があからさまに舌打ちをする。
そんな私たちの間に立ちはだかった一見スマートなその姿には覚えがありまくりだった。
ま、魔術士マイケル・ファーマン…… ⁉
彫りの深い整った容貌に、キリッとした一文字眉で奥目がちなオックスブラッドの双眼に印象的な鷲鼻と酷薄そうな唇、ダークブロンドのツーブロックをふんわりとしたオールバックに整え、今回は暗緑色のピークドラペルのタイトなスーツをダンディに着こなしており、足元は黒革のストレートチップブーツを履いている。
そしてスーツの上からでもそれと判る筋肉質そうな左腕には、脱力した小柄な人物を抱えていた。
最近ようやくそうだと自認し始めている人物が、まるで人形のように正体なくぶら下げられている。
それは紛う事なきこの世界での私の姿───
まさか、里和ちゃん ⁉
瞠目しながら思わず言いかけたその言葉をすんでのところで呑み込む。
一気に頭から血の気が引くのが判った。
な、何でこんな事に……?
他の皆は─── ⁉
気の動転がうっかり表情に出てしまっていたのか、マックス坊っちゃんが皮肉めいた微笑みをその薄い唇に乗せ、楽しげに喋りだす。
「安心して下さい、師匠。この眠り姫はちゃんと生きてますよ。困ったことにエルキングが妙にご執心なものでね……まぁ、彼が飽きてもこの清純そうで綺麗めな見た目のエルフならいくらでも、愛妾に欲しがる王侯貴族なんかの金持ちはごまんとおられますから。それ以上悪いようにはなりませんよ」
……いやそんな、とにかく明るく●村みたいに言われても、充分悪いと思うんですが。
そんな相手の下衆な話に俄に頭が冷え、私は不慮の事態にどうすべきか考えを巡らせた。
しかしそんな私の心中をよそに魔術士マイケル・ファーマンことマックスは、更に最低な事を元師匠に向かって話し続ける。
「でも残念なことにこの眠り姫、左胸のちょうど心臓の上あたりに変な星型の傷があったんですよね───そのケロイド状の傷さえなければ、もっと高く売れたのに……」
かっちーーーーーん!
こーの○✕△□◎▽ ‼
私の事を悪く言われるのは仕方ないけど、マーガレットさんの事を悪く言うのは、何か途轍もなく許せない───って言うか、何で○✕ないおっちゃん達は、女性を物品のように扱いたがり、あまつさえ若い未熟な女の子たちの処女性ばかりを重要視したがるんだろ?
なのにおっちゃん達の言うところの穢れのない初モノにばかり食指を動かし、無知な少年少女たちを毒牙にかけては「もう処女じゃないから」と平気で吐き捨てるように言ってしまえるんだろうか?
古今東西老若男女関係なく、悪意のある誰かに性の道具に貶められた人達が、その後の人生をどれだけ歪められ、誰にも相談すらできず、下手をすれば命を落とす寸前まで自分を追い込んでしまっている事か───
彼彼女らに落ち度があった訳では決してなく、賢しい相手から騙されたり、権力や暴力なんかの不可抗力で屈せざるを得ない場合が殆どなのに。
恕っ……さん───!
この瞬間、私の中の何かが弾け飛んだ。
そこで、それまで何故か黙って私たちのやり取り───と、言うより、ダークブロンドの一見紳士な魔術士が、一方的に里和ちゃんに向かって喋ってただけなんだけど───を見ていた艶めかしい美婦が、冥い地の奥底から響いてくるかのような口調でそのぽってりとした紅唇を開いた。
「魔術士ファーマン、妾の邪魔をしてタダで済むと思うておるのか?」
更新遅くなって申し訳ありません
今回のエピソードタイトルは、悩んだ挙げ句に古ノルド語で『悪鬼(悪魔)の皮を被る者』的な意味です……毎度ネット翻訳なのですが、恐らく間違ってるかもです
また後ほど続き書かせて頂きますが、何とぞよしなに願います
【’24/12/06 誤字脱字加筆修正しました】