スヴァルトアールヴヘイム【13】
そんな現在見てくれだけ美女エルフ化している私に、エルキングの嬌艶な娘はふんと鼻を鳴らし、憮然とした表情をその臈長けた美貌に乗せたまま吐き捨てるかのように言葉を投げかけてくる。
「では、どう言うつもりで、たった一人でこの城に現れたと言うのだ?」
あー、やっぱそこなのね。
今や都市伝説的な感じでこの世界で流布されている話らしいのだが───
『紫炎熄滅の魔法使い』が単身でその国の王城に現れる時、それは彼女の逆鱗に触れる悪行を為してしまった末路であり、その国は彼女の冷厳な繊手によって一国ごと粛清されるであろう、と。
曰く、それは悶絶躄地の狂炎によりその身を永劫に焼かれ、あらゆる苦しみを蒙る呪詛がかけられてしまうだろう、と。
しかし、当の美女エルフはと言えば───
「え〜、流石にそこまでする訳ないし。それに近いことは面と向かって言ってから、それでも刃向かうようなら良くない連中だけ懲らしめた記憶ならあるけど?」
との事で。
つか、あるんかい!
って、いや待てよ……する訳ないって事は、やれば出来るってこと……なんだろうか?
背筋に少々うそ寒さを感じながら、○ィモンディの○岸君じゃないんだから、と自分でボケて突っ込んでしまう私であった。
とは言え、今は目の前の姚冶な災難の権化と対峙しなければならないので、自分の中の迷いを気取られないように声を張って棘を含んだ質問に答える。
「恐れながら───世間には噂を大袈裟に吹聴される方々もおられるようですが、私一人でスヴァルトアールヴヘイムに伺った訳ではございません」
「……四方や、そこの小狐の事を言っておるのではなかろうな?」
「残念ながら、今回一緒に同行しているのは別の者です───弥七、ヘルヤ殿下にご挨拶を」
私がそう声を掛けると、それまで黒いベルベットのドルイドマントのフードの中で息を潜めていた私の鯖トラの使い魔が、音もなく目にも留まらぬ勢いで飛び出してきて私の右肩に乗ると、優雅な仕種で一礼し、昂然と胸を張って声高らかに口を開いた。
「お初にお目に掛かります、ヘルヤ殿下。わたしがこの度、魔法使いリワの従者を務めさせて頂いている弥七と申す者でございます───以後お見知りおき下さいますよう、お願い申し上げます」
その私の小さな使い魔の鮮やかな口上に、銀髪金眼の美婦は一瞬目を丸くしたが、やがて喉の奥をくつくつと鳴らし始めたかと思うと次第に大哄笑し始めていた。
……まあ、現時点では仕方ないか。
そのかなり失礼な反応に思わずむっとしながら、私は空いている右手で肩の上の鯖トラ小猫の頭をそっと撫でる。
でもうちのイケ猫で有能な弥七っつぁんを馬鹿にできるのも今のうちだけだぞ、と───親バカと笑わば笑え。
すると鯖トラ小猫は、そんな私の掌に黙ってその小さな頭を擦りつけてくれた。
ところが、そんな妖婦の深紅のドレスをまとった媚態から、陰鬱としたタールの如き怨怒のオーラが、再び煮え立つように全身から沸き上がってくるのが目に入った。
うわー……この女性ってばそんなに里和ちゃんの事が気に入らないんだね───ぶっちゃけ他人事だけど、 ここまで酷いと流石に同情するわー。
そんな私の比較的のんきな感慨をよそに、問答無用と言わんばかりの態度でフェロモンだだ漏れの美婦は、然も憎々しげにそのぽってりした紅唇を開いた。
「これは笑止千万───その微獣がそちの此度の従者と申すか? ゆえに妾たちの心配は杞憂である、とそう申したいのか?……よくもまぁ、随分と滑稽な余興をこれでもかと仕込んできたものよのう……その茶番で妾を愚弄するのも大概にせよ! 戦うために来た訳では無いとおためごかすそなたの奇麗事はもう聞き飽きたわ─── ‼ 」
全く疑う余地のない殺意を、美女エルフと化した私に向けながら長々と講釈を垂れたかと思うと、再度手にしていたグロテスクな王笏に似た杖を私に向かって猛烈なスピードで突き出してきた。
私がそれを躱すため、サンザシの魔杖を掲げようとした時だった。
「こんな所にいらしてたんですね、師匠───」
うーん……また誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【’24/12/03 誤字脱字加筆修正しました】
気づけば師走とか……時の流れに身を任せ過ぎな昨今
【’25/01/12 微修正しました】