スヴァルトアールヴヘイム【12】
銀髪金眼の美婦が放つ直接的な殺意の言葉に私は愕然とする。
ヘルヤが持つそのグロテスクな造形の王笏っぽい杖が、突き刺すようにヒースグレーのソフトモヒカンの少年に向け振り下ろされた瞬間、その間に反射的に私は割って入っていた。
血飛沫に似た赤紫の煙をまとった黒い稲妻のような魔波動が私の体に一気に襲いかかる───
バチィイィイィーーーーーン ‼
眩い閃光と激しい炸裂音が豪奢な大広間を揺るがす。
「───お待ち下さい、ヘルヤ殿下!」
私は辛うじて平静を装いながら右手でサンザシの魔杖を盾のように構え、意識的に声を張ってそれ以上の残虐行為がエスカレートせぬよう止めに入ったのだが───
結局のところ、美女エルフが私の左手の甲のウォーターオパールに仕込んだハイエルフの涙の防御魔法が発動し、魔杖の柄頭についたホワイトオパールの魔鉱石がその効果を増幅させ、より強力な光の障壁となって私たちを守ってくれた、と言った方が正しいのかも知れない。
実際私がやった事と言えば、単に身を挺して銀次君の前に飛び出せた程度な予感……。
とは言えその間一髪な事態に、冷たい汗が背筋を伝うのが判る。
今日ほど里和ちゃんとエロj……もとい、アリカント爺さんに感謝した日もないかも知れない。
それでも私の右腕は相手の強烈な魔法の威力で、びりびりと鬼のように痺れてしまっていた。
それどころか無意識のうちに右手がガクガクと震えだしそうに揺らぐのを、左手で必死に抑え込んで止めているという体たらくだった。
おっ、おっかな〜……マジ死んだかと思った……!
心の中でガクブルしまくりながら、それでもどうにか背後をちらりと一瞥すると、腰を抜かしたように座り込む青ざめた銀次君の姿が目に入った。
……良かった、無事みたいだね。
いや、それどころか銀鼠ヘアの闇のエルフの偉丈夫まで銀次君の後ろで同じように座り込んでいるではないか。
あれれれれ……?
つか、もしや体の線もあらわな深紅のドレスを身にまとった豪華なこの美婦は、自分の臣下諸共私たちを消し去ろうとしたんではなかろう、か?
…………。
……………………いや、まさか、ね。
その事実の方により一層背筋が凍る気分を味わいながら、そこで一気にはっとする。
そうだ、アマリアちゃんはっ ⁉
慌てて周囲に視線を巡らすと、レッドカーペットの両端に整列してたはずの衛兵たち全員が、この大広間の石壁に吹き飛ばされたままの格好で意識を失っている姿が目に入った。
うっそ、マジかー……こんな予定じゃなかったんだけどなー……。
自分が起こしたであろう惨状に思わず絶句する。
咄嗟に魔力のコントロールが効かなかったみたい───つか、そもそもまともにコントロールできてないってツッコミは無しの方向で。
こんな事ばっかしてちゃまたアマリアちゃんを怯えさせるだけだな……探しだして助けてあげたいけど、今はそれが出来る余裕が全くない自分が腹立たしい。
何せ私の真ん前には赫怒と憎悪に燃える金眼が、私を射殺さんばかりにじっとりと見据えていたのだから。
「これはどういうつもりかの、魔法使いリワ殿?」
当然過ぎる質問が、静かだが確かな殺意と化して私に突き刺さってくる。
相手は里和ちゃんを殺す気満々なんだけど、私にはそんなつもり毛頭ないからなぁ……とは言え、黙って殺される気なんか更々ないけども。
しっかし里和ちゃん、何でこの女性にこんなに嫌われてんだろ?
逆に、グリフィスさんを奪ったローズマリーさんの娘でもあるマーガレットさんだったら、そのくらい憎まれてても───例えそれが逆恨みであっても───理解はできるんだけどね。
なのに美女エルフ曰く、
「なーんもしてないよ、あたし」
との事……ほんまかいな。
そうは言っても、この現状だとまともな理屈が通用する相手とは到底思えないしなぁ。
どうにもこうにも当面は、不測の事態が起こるまでは里和ちゃんの計画に乗るしかないのだ。
私はそのまますっと体勢を立て直し、出来るだけ相手を刺激しないよう静かに口を開いた。
「貴女様がお手を汚すまでもありませぬ」
「……それはどう言うことじゃ、魔法使いリワ殿?」
気づけばその嬌顔を般若の面の如くに歪ませ、凄艶な笑みを私に向かって見せつけてくる。
判っててからかってるよね、この表情は───
その鬼面人を威す的な相手の態度に逆に頭が冷えてきた私は、すうっと目を細めて薄い笑みを唇に貼りつかせてからゆっくりと口を開いた。
「私は戦うためにここへ来たのではありませんよ、ヘルヤ殿下」
睡魔に勝てません……申し訳ないですがまた後ほど続き書かせて下さい
【’24/11/28 誤字脱字加筆修正しました】
【’24/12/10 微修正しました】